13.幼い女神のゲームの世界


 『ダンジョンワールド』は一つの巨大な島の中を冒険するゲームです。

 島の外には海が広がっており、島のすぐ近くでなら海遊びや魚釣りなども楽しめますが、浜辺から先10キロ以上先には何もありません。


 生き物も他の島も海水すらも、文字通り一切が存在しないのです。遠泳や船を用意して見に行くことはできますが、海の端から真っ暗な奈落の底に落下してゲームオーバーを迎えるだけで終わるでしょう。まあゲームオーバーになったところで、最後に訪れた街の中に戻されるだけなので危険はありませんが。


 少なくともサービス開始当日の時点では、そういう仕様になっています。

 このゲームが今後バージョンアップしたら新たに『外』の新マップが追加される可能性はありますが、そういった諸々についてはまず現バージョンでの好評を得られてからの話でしょう。




 さて、サービス開始と同時に続々とゲーム世界へと旅立ったプレイヤー達はというと、普段と違う自分の姿に戸惑いつつも確かに自分の肉体であるという感覚に大いに興奮していました。

 βテスト中に上がってきた要望の中に、自分の姿を手軽に確認したいという声が多くあり、メニュー画面の項目から選択すれば鏡としても使えるようになっているのです。



「おぉ~、美人がいる! 私だった!」



 石造りの建物が建ち並ぶファンタジー風の街の中に出現し、自分の身体や装備をペタペタと触っている彼女、アカウント名『カステラ侍』もその一人。

 元々の世界での彼女は平均より15センチも低めの身長と、具体的にどこがとは言いませんが全体的に薄めの体型に密かなコンプレックスを抱いているのですが、今の彼女は180センチ近い高身長。サラサラストレートの長い黒髪に朱色の袴、身長と同じくらいの大太刀が特徴的な女武者といった姿になっていました。



「っとと、いつもより身長高いからバランス慣れるのに少しかかるかも? ちょっと欲張りすぎたか……」



 いつもと30センチ以上も目線の高さが違うので、まだまだ油断するとよろけて転びそうになってしまいますが、まあそれについては周囲の他プレイヤーも似たようなものです。


 βテスト初期にも同じような問題は起きていましたが、一日か二日もすれば全員が新しい肉体の動かし方に慣れていました。転んでも痛みは感じませんし、その程度の衝撃ではHPヒットポイントが削れることもありません。練習なら好きなだけできます。


 カステラ侍嬢の周囲には、身長を設定できる最大サイズの3メートルにしてしまったり、逆に最小サイズの50センチに設定してしまったプレイヤーもいましたが、そこまで極端すぎる体格の彼らに比べたら慣れるのも早いはず。



「うん、走るのはまだ怖いけど歩くくらいならなんとか」



 実際、何分もかからずにふらつかず歩けるようになっていました。

 小学生時代に竹馬で遊んでいた経験が活きたのかもしれません。



「装備はとりあえず最初のやつでいいとして、動きの練習がてら街の人から情報収集かな?」



 この世界にいる人間は大きく分けて二種類。

 カステラ侍嬢と同じように日本からこの世界にアクセスしてきたプレイヤーと、元々この世界の存在としてウルに創造されたNPCとに分けられます。


 両者を見分けるポイントは、左右どちらかの手の指に指輪が嵌っているかどうか。プレイヤー全員が指輪をつけているのに対し、NPCは指輪をしていませんし、指を隠すような手袋の類をつけていることもありません。 


 この指輪はウルの権能により創り出されたものであり、ソフト同梱という形でパッケージに入っていたものをプレイヤー全員が装着しています。


 対応ハードで『ダンジョンワールド』のソフトが起動している状態で、ハードから半径10メートル以内で指輪を嵌める。その行動をトリガーに本来の肉体からゲーム内の肉体へと、意識だけが世界間を越えて同じ指輪をつけたアバターへと移動してくるという仕組みになっています。


 ゲーム内でこれを外すことは不可能。他のプレイヤーやモンスターの攻撃で破壊されたり、指ごと欠損する心配もありません。その点については先程までの公式生放送でも念入りに説明していました。

 他にもゲーム内での位置座標やステータスを逐一記録するセーブデータの保存装置であったりとか、現実の肉体と対応したアバターとを紐づける楔の役割があったりなど、まあ色々とすごい機能が搭載された品なのです。



「あの人はプレイヤーで、あっちの人はNPCでっと。基本、お店の人とかは全員NPCみたいね……あれ?」



 カステラ侍嬢が街中を散策していると、そこはかとなく軽薄そうな顔つきのプレイヤーが自身のメニュー画面を開いたまま、何やら騒いでいるところに出くわしました。その声に耳を傾けると……。



「どうなってんだ、ログアウトできねぇ!」


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