幼い女神の迷宮遊戯

悠戯

01.幼い女神の思いつき


 日本国、東京都某所。

 とある高層マンションの一室でひとりの女の子が留守番をしていました。

 見た目の年齢は十歳前後、珍しい緑色の髪と大きな花飾りがチャームポイントです。



『ふぅ、これも面白かったの!』



 女の子は人目がないのをいいことに、ベッドでごろごろ寝転びながらノートPCで動画配信サイトのアニメ作品を観ていたようです。ベッドの上には空になったスナック菓子の包装がいくつも転がっています。



『それにしても、こんなに沢山観たのに全部タダってどうなってるのかしら? はっ、まさか後でいっぱい請求書が来たりして……!? そういうの前にテレビの人が言ってた気がするの!』



 実際は単なるサブスクリプションサービスなのですが。

 厳密には定期的な会費の引き落としが発生しているのでタダではないのですけれど、それを支払っているのは女の子の保護者兼同居人なので、まあ主観的にはタダという認識でも問題ないでしょう。



『まあ、それはどうでもいいの。アニメは面白いけど六百時間くらい連続だと流石にちょっと飽きてきたの。今度はゲームでもしようかしら?』



 ダース単位で箱買いしてあった『日清食品』のカレーヌードルに電気ポットのお湯を注ぎつつ、女の子が考えているのは早くも次の遊びのこと。丸々一か月近く不眠不休でアニメ視聴を続けていたのに疲労の色はまるでありません。


 ついでに言うと、今は平日の真っ昼間だというのに小学校に行くつもりもありません。別に何かしらの事情があって学校に通えない不登校児だからというわけではなく、最初から彼女本人に通うつもりも保護者が通わせるつもりもないのです。


 何かと言うと多様性が叫ばれる昨今、この常識に囚われない自由な暮らしぶりが世間に知られたら、そういう価値観の人間がいることもま許容すべきである。否、それは痛ましい虐待案件に違いない。即刻然るべき機関が保護すべきだ……などの熱い議論が巻き起こっていたかもしれません。まあ、女の子が人間であったならの話ですが。



『カレー味はこの小っちゃいジャガイモが良い仕事してるのよね。ふぅ、ご馳走様でした』



 カップヌードルだけの昼食を終えた女の子の意識は、早くも次なる遊びへと向かっています。食事前に立てた予定通り、今度はゲームでもしようかとソフトをしまっている棚の前で腕組みしつつ考えていましたが……。



『持ってるやつはもう大体全部やりこんじゃったのよね』



 アニメ連続視聴の件でも分かる通り、女の子は遊びについては寝食を忘れてのめり込むタイプ。まだ発売間もない最新ハードの人気作から昭和や平成のレトロゲーに至るまで、ソフトを所持している作品に関しては一つ残らずクリア済み。


 もちろん一度クリアしたソフトでも時間を置けば、また初回プレイ時とは別の味わいが出てくるのがゲームの魅力ではあるのですが、どうやら今は新しい刺激が欲しい気分のようです。



『新しいやつ買っちゃおうかしら? うーん、あんまりピンとこないの……』



 通販サイトのゲームカテゴリにも一通り目を通してみましたが、彼女の目を惹くタイトルは見当たらなかった様子。保護者から渡されているスマホにも視線をやるも、今はソーシャルゲームではなくガッツリ遊びたい気分だったようで、すぐ興味を失くしてしまいました。



『ゲームセンター……は、一人だとお巡りさんが話しかけてくるし』



 平日の昼間から推定小学生の女児がゲームセンターで遊んでいたら、当然お巡りさんや店員も放ってはおきません。そうした気遣いをやり過ごす裏技もいくつかあるのですが、そこまでの手間をかけるほどでもないというのが正直なところでした。



『んむむむむ……うーん、さっきのアニメみたいにゲームの世界に入れるゲームがあったら面白そうなんだけど』



 精巧に作られた架空のゲーム世界にログインしたまま出られなくなった作品であるとか、生前にやり込んでいたゲームそっくりなシステムが支配する世界に転生するパターンなど、その手の題材を扱った作品は現代では珍しくもありません。

 しかし、この世界の常識に疎い女の子でも、それらの作品に登場するような高度な体感型ゲームが今の科学技術では実現不可能なシロモノであることくらいは知っています。

 正確には、このマンションに引っ越してきて間もない頃に、あちこちのオモチャ屋や家電量販店、果ては電車を乗り継いで行った秋葉原一帯を散々に探し回った末に、あれらが創作上でのみ存在するギミックだったと保護者に指摘されたのです。腹をかかえてゲラゲラ笑われた屈辱とセットで、深く記憶に刻み込まれていました。


 まあ、さすがにアニメやライトノベルに出てくるモノには及ばないものの、VRゲームの技術も年々進歩しています。順調にいけば十年か二十年か、もしかしたら百年くらいかかってしまうかもしれませんが、全身でリアルに体感するタイプのゲーム機も登場するかもしれません。

 女の子としては百年でも千年でも、そういった高度に発達したゲーム作品の発売を気長に待つ手もないわけではないのですが、それで今ここで持て余しているゲーム欲が満たされるわけではないのです。



『あっ、良いこと思いついたの!』



 普通の子供なら素直に諦めていたのでしょう。

 ですが幸か不幸か、女の子はどこを取ってもまったく普通ではなかったのです。



『そういうゲームみたいな世界を新しく創っちゃえばいいの!』



 自分が望む通りのゲームみたいな世界をゼロから創造する。

 まだ幼いとはいえ本物の神である女の子、女神ウルにとってはそのくらいは容易いこと。



『あっはっは、我ってば天才ね! それじゃあ早速――――』



 20XX年某月某日。

 異世界や魔法の存在が既知のものとなった現代日本にて。

 幼い女神のちょっとした思いつきにより、ゲームみたいな新世界が創造されました。


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