第3話
(とんでもないことを思い出してしまいました……!!)
ミラーさん改、現在の身分はこの国の第三王女、名前はレオノーラ。
前世自分が
(あれからどれくらい経ってるの? 少なくとも十六年は経過しているはず。というか、サイラスの住んでいた家ってどこ? そもそもあの場所がこの国かどうかもわからない……。私、壁掛けの鏡で、部屋から出たこともなかったですし……!)
それでも、彼の姿だけは全身余さず
「私、あの方の裸も見たし、口づけもしてしまったわ」
思わず口をついて出たかつての記憶。
向かい合って座っていた兄である第二王子のリンドが、飲みかけのお茶を吹き出しました。
げほ、がふ、ごほ、と気の毒なほどむせながら、その合間に「いま、なにを、なにを言ったんだ、可愛いレオノーラ?」と尋ねてきました。
「なんでもありません」
きっぱり答えた私に、リンド兄様は翠の瞳を細めて、「本当に?」と念押しのように重ねて聞いてきました。私は微笑んでみせてから、お茶のカップを手にして粛々と飲み干しました。
(言っても信じられないと思うのです。私の前世が「鏡」で同居の美形魔術師と浅からぬ関係だったけど、割れて生涯を終えただなんて)
思い出せば思い出すほど、師匠であるダリルに続いて心の拠り所である
カップをテーブルに戻して、私は兄に向き直りました。
「兄様、折り入ってお願いがあります。手がかりは名前しかないんですけど、ひとりの魔術師を探し出すことは可能でしょうか」
「うん、レオノーラ。その探したい相手が君に裸を見せて唇を奪ったということなら、兄さんも話したいことがたくさんあるから協力は惜しまないよ」
リンド兄様は鋭いのです。私の提案と数秒前の話を結びつけるなど、造作もないことのようです。
とはいっても「前世が」と言ってどこまで信じるかは微妙なところです。私は考えあぐねて、苦肉の策として情報を濁しつつ提示することにしました。
「夢の中でのことなんです……。すべてがおぼろげで……」
「魔術師なら、人の夢から夢を渡って狙い定めた美少女に裸を見せることもできるだろうさ。許せん」
「できるんですか」
「できるに決まっている。それで、その魔術師の名前は?」
顔は笑っているのに、目は笑っていないリンド兄様。この分ではサイラスを見つけてもどんな報復をされるかわかったものではありません。保険をかけて、私は違う名前を告げることにしました。
「ダリルです」
「なん……だと……?」
いきなりの好反応。手応えありです。私はテーブルの下で拳を握りしめつつ、さらに踏み込んで尋ねることにしました。
「ご存知ですか」
「ご存知も何も、かつて我が国最高の魔術師として名を馳せた人物と同名だ。昔はこの王宮で宮廷魔術師として国内の魔術師を束ねる立場にあったが、引退してずいぶんたつし、三十年くらい前に亡くなっているはず……。とても今を生きるお前の夢の中に出てくるとは。しかも裸で」
ちらっと視線を流されて、私は「裸は良いですから」とその視線をかわしつつ、前のめりになってさらに尋ねました。
「その方、引退後どこかに隠居しつつ最後に弟子をとっていませんでしたか」
「それなら……、しかし相手は『氷結のサイラス』だ……。慇懃無礼にして恋情を寄せてくる相手はことごとく無惨に振る孤高の魔術師。師匠であるダリルのことは絶対者として信奉しているとも聞くから、滅多なことを言ったら国を焼き払われるぞ」
懐かしの名前がリンド兄様の口から出てきたことで、私は熱くなった目頭を指でおさえました。サイラス、生きてる。
「国を焼き払うくらいお元気でいらっしゃるのですね、サイラスは」
「うん……うん?」
「それを聞いて安心しました」
「安心要素どこにあったかな?」
私はこうしてはいられないと、素早く立ち上がりました。
「そのサイラスさんにお会いしたいのです。いまどちらに?」
「サイラスなら、月に一度、三日間王宮に出仕して滞在している。ちょうど明日来るはずだから、面会の希望を出しておけば会えるかもしれないが……。ダリル導師の裸を見たとか口づけをしたなどと妄想を伝えるのは危険だ。国土が焦土になる」
「大丈夫です、そのようなことを申し上げたりしません。こうしてはいられません、今から手続きをしてきます。サイラスさんに会えるなんて、最高の誕生日プレゼントです……!」
「レオノーラ、しかし明日は」
リンド兄様が何かを言いかけていましたが、そのときの私の耳には届いていませんでした。またサイラスに会える! その一心で、私は事務手続きのため文官たちの詰め所へと、いそいそと向かったのです。
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