第34話 彼岸と奉血【2024年9月16日 祝日】


「山のふもとに車を出してくれるかしら?」


白衣の胸部が血塗ちまみれの楠珠鈴くすのきみれい

夫の榊鈴央さかきれおに連絡を入れている。


通話を終えるのを見て玲奈れなは即座に心配を口に出す。


「あの……くすのきさん! 胸、大丈夫ですか? しゅっ、出血が……」

「あぁ、これ? 平気よ。止血は出来ているわ。それに……」

珠鈴みれいは御神木を指差して語を継ぐ。


「私はこの木の末裔なの。ひとたび樹体に触れれば体力を回復できるのよ。何度でもね」


「そ、それって御霊験ごれいげんで、ですか?」

由貴ゆきも興味が湧いたのか追随する。


珠鈴みれいはかぶりを振る。

御霊験ごれいげんとは違うわ。この恩恵は御神木様の直系血族のもつ特権なの」


「そ、そうなんですね。そんな特権が……」

「さあ、下山しましょう。貴方たちの御霊験ごれいげんの際に体力回復も含まれているから歩けるでしょ?」


血塗ちぬれの身なりは誰が見ても恐ろしいが、本人は大事に至っていないのか、毅然きぜんに振る舞う。


「はい。ありがとうございます。体力は戻っています。で、でも、また森の怪異が……」

由貴ゆきは心配を吐露とろする。


「安心して。私がその一切を封じるわ。無事にふもとまで着けるように案内するわよ」


「は、はい……」

由貴ゆきのどこか覚束無おぼつかない口調。


玲奈れなはこれを察して努めて明るくつなぐ。


珠鈴みれいさんが言うんだから、間違い無いよ。私は珠鈴みれいさんを信じる」


「そ、そうよね」


意思を固めた二人。

珠鈴みれいを先頭に三人で鈴哭山すずなきやまの頂きを離れ下山に向かう。


「あ、あの……珠鈴みれいさん!」

「はい。何か?」

由貴ゆきの問いかけに反応する珠鈴みれい


「その……明りなしで下山するつもりですか?」

「明り? あぁ、そうそう言い忘れていたわ。由貴ゆきさん、今ヘッドライト消しても周りの様子見えるかしら?」


「えっ!? ライト消したら真っ暗で見えなくなりますよ」

「そ、そうですよ」


「試しに消してみて。もし見えるようになったら教えて」

「は、はい……」


釈然としないまま、ヘッドライトのスイッチを切る。

瞬間――漆黒の闇に包まれた。


「うわっ……やっぱり見えないですよ、珠鈴みれいさん」

「もう少し待ってみて。あと十秒」


「えぇ、はい……」


絶対見えないに決まっている――そう思った、その時だった……


「ん?」


にわかに見え始める周囲の様子。

目が慣れて見えるようになってきたのか、否――そんなはずはない。

いくら暗順応あんじゅんのうが働いたかと言って、ここまで見えるようになるはずはない。


ライト程ではないが、十メートルくらい先まではっきり見えるようになってきた。


「信じられない……」

「どうやら見えてきたようね」


「一体、どうなっているんですか?」

「説明は後でするわ」


珠鈴みれいは隠れた左眼で由貴ゆき玲奈れなの左眼を見る。


――茶色い虹彩。能力だけでまだ完全には宿っていないか……ふもとに着くころには左眼、開眼しているかしらね。


珠鈴みれいは心の中で二人の様子をてのひらの上で転がすように語を継いだ。


「じゃあ、ついてきて」


珠鈴みれいは歩き出す。

その後についていく二人。


二人はお互い手をつないで安全を築こうとする。

鈴の共鳴地帯へと戻ってきた。風は吹いていない。


鈴の鳴りを覚悟したが、まったく鳴る気配がない。


「鈴が鳴っていないけど、珠鈴みれいさんが抑えているのかしら」

「多分、そうなんじゃない?」


その間、気丈に振る舞っていた玲奈れな

しかし、御神木から離れるにつれ彼女の表情がどこかすぐれない。


横を歩く由貴ゆき

彼女の鼻をすする音からそれに気づいていた。


英一さんのことを気にしているのだろう。


御霊験ごれいげんで彼女の火傷や創傷、整形による生体の表面上の瑕疵かしは完治した。


しかし、大切な人をうしなった心の傷は癒えていないのかもしれない。


言葉をかけることができないでいた由貴ゆきは彼女の左手をつないでいることしか出来なかった。


うつむきながら口元を震わせている玲奈れな

時折、肩が悲しみに上下する。


由貴ゆきは彼女の心痛しんつうを察し、前を歩く珠鈴みれいに声をかけようとした、その時――


桧山英一ひやまえいいちさんは生きています」


「えっ!?」


珠鈴みれいの口から発せられた、希望と疑念とが混ざった音。

由貴ゆき玲奈れなは同時に反応した。


炎で焼尽しょうじんした彼の身体が思わせた、絶対の死。

その強烈なイメージをくつがえそうと珠鈴みれいは振り返り静かに告げる。


「私が彼を介抱したの。今は御神木様の内部に安置して治療にあてているわ」


「そ、それって木の内部っていうことですか? 本当にそれで治るんですか?」


疑心暗鬼に陥る玲奈れな

無理もない。

自身が受けた御霊験ごれいげんだけでも信じ難いのに、死者ともいえる人間を生き返らせる治療なんて到底、考えられない。


「即効型の治療の英気をダクトを介して流し込んでいるから一命を取り留めているわ。完治まで少し時間を要するわ」


「どれくらいで彼は治るんですか?」

玲奈れなは涙目になっている。


由貴ゆきは思わず固唾かたずを飲む。


普通ならあんなに燃えている炎の中で生きている人間なんていたら、奇跡だ。


でも、あの御神木ならその奇跡を起こせるのかもしれない。


「まぁ……ざっと五日以内ってところね。」


「五日、ですか……五日後って大体、彼岸の時期ですね……」

玲奈れなはざっと日程を概算する。


「ふふっ……確かに彼岸の時期と一致するわね。今回の件、桧山英一ひやまえいいちさんと美嘉みかさんは生きているから安心して。すぐには出してあげることはできないけれど……」


「い、いつかは出してもらえるんですよね?」

玲奈れなすがるような想いで続く。


「えぇ、御神木様から解放できる日が決まっているのよ」


「そ、そうなんですか! 初めて聞きました」

由貴ゆきは畏れ多い面持ちで反応を示す。



ここまで十五分ほど歩いた。


その間、鈴の鳴りも、怪異の類も、一切起きていない。

かえって不気味だ。


道中、湿地帯へと入る。


「解放できる日っていつなんですか?」

当然の疑問を由貴ゆきは恐る恐る訊いてみる。


「彼岸よ。三月と九月」


彼岸……


彼女が言う彼岸とは、いったい……


御神木の周囲に咲き乱れた彼岸の花が、どこか脳裏に奇妙な結びつきで咲いている……


辺りは……凄惨せいさん残滓ざんしと死ののことが残暑の熱で密にブレンドされ、忌避きひの空間として刻みつけられている。


「貴方たちは、奉血ほうけつってご存じかしら?」


不意に珠鈴みれいの背中から不可思議な言葉が放たれる。


「奉血の儀……?」


それは、ひとえに、耳朶じだを打つ赤い音だった。



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