第33話 さみしさの果てに ◆【1688年12月27日】
江戸時代――
村が寝静まった深夜一時。
植林業を三代にわたって営む
静けさの中、主人が一人寝室で厚手の布団にくるまりながら
妻に先立たれてから三年。
簡素な木造作りの一角が老朽化で腐食して穴が空いている。
隙間風が所々入り込んでくるのを雑巾や荒布で押さ凌いでいた。
家の補修にも手が入れられず、心に力が入らない。
そんな心の穴に一筋の
それは細い手をしていた。緑色のよくしなる
自在に操られる形状で、
カーテンもない窓に青白い下弦の月が怪しく照らす中、穴から巨樹の根の先でありながら手の器用さで伸ばして男の寝姿をみとめた。
女の髪の毛ほどに細くなった先端。
妖力をまとったその繊維質に一度触れれば、刃に切られたような痛みから出血を伴う。
背後から
その距離、わずか一尺……
静寂を破る。
「腹が減ったか?」
ビクッと男の寸前で止める。
まさかの反応に戸惑う。
緑色の生物はすぐにでも逃げ出すこともできたが、なぜかその場から動けなかった。
寝巻き姿のまま
近年、村人たちがおかしな出来事に遭遇している噂を耳にしてきた。
衣服を貫かれ、身体に出血痕を残しながらも先刻より若々しさに溢れ、精力が
その主犯と
「
一瞬
ややあって、先程より緩やかな仕草で男の右手に触れる。
触れた瞬間、男の表皮がじじっと熱に切られ熱い液体が手首から腕を伝い、寝具を染め始める。
流血にも関わらずそれを
「どうした? 喰わんのか?」
男はそのわずかな変化を見逃さなかった。
男の手が先端を握る。
出血は止まり、これ以上流れることもなかった。
「そうか――お前さんも寂しいのだな……」
目の前の生物は驚いたように見返すような動きを見せる。
「職業病かな、緑に触れればその状態が何となくだがわかるのだ。お前さんはずっと独りだった。それで寂しくなり、人里へ降りてきた……違うか?」
持つ手が少し震えたのを感じとる。
月明かりが
「お前さんはあの丘の
「寂しくなったらまた来なさい。血が欲しいのだろう?」
根はゆっくりと
「私の血液を小瓶に詰めておく。時間が経てば固まってしまうが悪くは思わんでくれ」
男はそう言って薬を入れておいた小さな瓶を手に取り、枕元の冷床に底を当ててコトリと鳴らした。
「壁の穴はあけたままにしておく。必要ならそこから入りなさい」
握った先が少し熱く濡れた気がした。
透明な液のように見えたそれは、感情の色が込められている。
それから数日の刻が流れた。
男は月を見ることもなく眠りについた。
翌朝――
男は目覚めるとまず床上の小瓶に目が留まった。
一筋の赤も残されていない中身。
綺麗に空っぽになっている。
明くる日も明くる日も
幾度となくその
隙間風が塞がれる度、男の部屋を自然に温めていく。
抵抗するどころか、むしろ与える量は日を追うごとに増していった。
毎日の小さな献血。
貧血を心配したが
この習慣を取り入れてから身体の調子がなぜか
それは身体だけではなく、精神面でも効果が現れ始めた。
最初は小さな変化だった。
流血するたびに身体中の毒素が抜けていく感覚。
傷の塞がりも秒をもって改善し、内側から宿っていく英気。
気力は充実し、前進的な気鋭が顕著に現れ始めた。
家の補修も庭の手入れも、そしてしばらく疎遠だった林業の仲間たちへの社会性にまで及んだ。
こんなことは初めてだ。
あの緑との接触がこれらの変化の始まりだったと思える。
「おぉっ
林業の仲間の若造が快活に声を掛けてきた。
丁度庭で
「あぁ、そうだな。だが、寝る前に家でやることがあるからな。零時には帰るぞ」
「まぁ、そりゃあ構わねぇさ。前から言っていたアレを植える算段はついたのか?」
「あぁ。一時は諦めていたが踏ん切りがついた。どうか力を貸して欲しい」
「お安いご用だぜ、旦那。俺ぁ嬉しい限りだ。この機を逃しちゃあ一生後悔するところだったぜ」
その若造は多くの同業者に慕われている人望の厚い男だった。筋骨は程よく隆起し、黒く焼けた健康的な肌には汗がよく似合う
五十を超える同志を集めるほどまでその規模は拡大した。
最大の理由は夜間、村人への神木による
御神木の根による
彼はこの村の守り神だ。
また、唯一あの御神木と意志を通わせられる人間。
きっと何かこの先の行く末に向けて、私たち村人に光明を見出してくれるだろう。
その期待も相待って、これから一大事業が始まろうとしていた。
それは、御神木である
これにより
巨樹から半径百メートルの円周上に等間隔で苗木を植えていった。
約一年の月日を費やしたが、その間も、村人への夜間
ようやく平安が訪れた時代。
これは魔物や邪気を払い、神を呼び寄せる神聖な鈴である。
「御神木様は私たちに若返りの力と英気、
「れいげんあらたかって、なぁに?」
孫の一人はその聞き慣れない言葉の響きを聞き返す。
「れいげん……あらたかっていうのはね、ご
桧山から最後に滲み出たにっこりとした言葉に「そうなんだぁ」と孫たちは
外の空気に光が舞い降りる。
そして彼の献身は
村と神木の共存と
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◆ すずなり年表Tips
【紀元前975年】
御神木の
【1688年】江戸時代 元禄元年
12月27日 月曜日 仏滅 → 第33話 桧山に御霊験が与えられる → 榊の木を植える → 神楽鈴の供与
【1732年】
江戸時代
2月5日 火曜日 仏滅 :
下人が御神木へ放火 → 御神木は死ぬ間際に赤い魂を解放
ほぼ同刻、御神木救済のためすべての
【2018年】
?????
【2024年】
9月 7日(土) : 第2話~第4話
愚者の心霊スポット巡り → 布施・倉田・由貴・美嘉
9月8日(日) : 第14話~第16話 ソレさんスタッフ登頂 → 瀬戸・手塚が行方不明
9月13日(金) : 第5話 寝室の彼岸花
9月14日(土) : 第6話 翌朝の妻の顔 ~ 第13話 地下実験
9月15日(日) : 第17話~第31話 ソレさん登頂 ~ 由貴・美嘉に玲奈合流→火災→美嘉×
?????
9月20日(金) : 第32話 極秘ルート → 樹洞の猶予・虚無の間
?????
【2025年】
元日 : 第1話 →
?????
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