第20話 リベンジ



闇夜に灯るヘッドライトが二つ。

二人の大学生リベンジャー鈴哭山すずなきやまの山道を歩みながら進んでいた。


美嘉みかは頼りないランタンの明かりを引っ提げている。


由貴ゆきは電動式キャリーワゴンに中身の入ったポリタンクを二つをはじめ、食料を積んだキャンプ用品など、不測の事態に備えた重量感ある装備を運搬している。


暗闇の奥に静まりかえる虚無のまなざし――


砂利や枝葉を踏みながら忍ばせるように響く不気味な電動音が、執拗しつよう苛立いらだちとして鼓膜にわずらわしい。


積載量は六十キロ、自走式で二段階の変速付きと申し分ないスペックを味方につけている。

価格にして約五万円。

成人一人であれば軽く坂道を乗せた状態でも押していける心のお供――その価値を考えれば安い代物だ。


「ねぇ、由貴ゆきちゃん……この明かりじゃ心細いよ。松明たいまつとかの方がよかったかなぁ」


「松明って火ぃ灯すつもり? 山火事になったらどうすんのよ」


「だってコレランタンじゃ弱くて前がよく見えないから怖いよ」


「私がいるから大丈夫よ。ヘッドライトもあるんだから心配いらないわ。今日あの人たち布施・倉田のリベンジするんでしょ?」


「うん、わかってるよぉ……」


万一滑落かつらくしたとしても頭部を守れるようフェロックス製ヘルメット型ヘッドライトを採用している。


スポットライトモードとフラッドライトモード、合わせた明るさは三千ルーメン。

かなり明るい。


何メートル先まで見通せる灯なのか、せめてこの光源があったからこそここまで二人で辿り着けたというもの。


点灯時間は各モードの合計値で最大五時間にも及ぶ安心感。

スペックの高さからもヘッドライト最高級モデルの一つと銘打っているだけはある。

 

由貴ゆき美嘉みか――


以前二人は彼氏を連れて四人でこの山へ立ち入っている。


由貴ゆきの彼氏、布施ふせのスポーツカーで立入禁止区域へと侵入し、心霊スポット巡りの一環として夏の涼をオカルトチックに楽しむはずだった。

 

まさか、あんなことになるなんて――


大自然の脅威――

襲われた一部始終を覚えているわけではないが、怪奇現象の類であることには間違いない。

この私の……瞳の熱が証明している。

 

布施ふせ倉田くらたはこの湿地帯で行方不明となった。


その他多くの侵入者もここで想像を遥かに超えた力の存在にひれ伏したのだろう。


恐怖におののき、彼女らは命に別条はないものの、精神的苦痛を強いられたことは確かだ。


あの時、美嘉みかの泣きすが懇願こんがんに私の心は折れた。


不本意ではあるものの、懸命に自らの足で眼前の脅威から逃げるように下山した。


その後、警察に事の顛末てんまつを伝え、捜索の願いと報道の依頼をかけたが、叶えられたのはごく一部に過ぎなかった。


それでも、命には代えられない。


なぜあの時、私たちだけ助かったのか……

その謎は未だ不明である。


しかし、ネットをはじめ、様々な媒体でこの山について調べていくうちにある一つの奇妙な情報を得ることが出来た。


それは、この山は女を襲わない……という耳を疑う内容だった。


到底信じ難いが、これまで報道番組で取り上げられてきた事件の行方不明者はみな男性だった。


この奇妙な一致は偶然なのだろうか。

 

それ以上の情報について、公開はおろか、ネットでも拾えないほど闇に葬られている。


それに、警察も消防もこの地には立ち入れないとかたくなな対応に終始したこともに落ちない。

 

一体、この山は何なのか。


なぜそこまで恐れられているのか。


人智を超える存在が実在するとでもいうのだろうか?


全く馬鹿馬鹿しい。


私たちの税金で食っているようなふぬけどもには任せておけない。


自らの目で確かめるまでだ。


「私たちの彼氏はこの山で遭難したんだよ。未だ行方も分からず仕舞い。私たちがしっかりしなくてどうするの?」


「わかってるよぉ。でもさぁ……いくらなんでも怖すぎるよ。この山……」


泣き言をやめない美嘉みか


まったくなんで布施アイツはこんな女なんかにうつつ抜かすんだか。


庇護欲ひごよくでも働くのだろうか。


布施アイツが四人で心霊スポットを巡ろうと誘い出した頃から正直怪しかった。

正直素行を疑っていた。


明らかに私よりも美嘉みかと話す時間が長い。

しかも私よりも楽しそうに話すのだ。


顔を見ればわかる。すべて書いてある。

 

嘘が下手な顔でよかった。

それだけがアイツのいいところなのかも知れない。


私だってアイツなんかより倉田くんのほうが性格的に合っていたのかも知れない。

ビビりだけど、相手想いの心優しい青年なのは話していてわかる。


私のことをただのモノでしかみていないようなアイツとは根本的に考え方が違う。


私は思わずため息の熱を吐き出して、感情の体温を下げた。


こんなこと今更考えたところでどうにもならないのはわかっている。


自分で言うのもなんだが、美嘉の性格は私とは正反対で対極に位置しているだろう。


相反する性格の女を好きになる時点で関係は終わっているとさえ思う。


はなから私は相手にされていなかったのか。


奥歯が鳴るような感情――鼻で荒く深呼吸して抑えつけると、美嘉みかが不意に私の右腕をつかんだ。


「やっ……怖い、怖いよ、ここ……」


由貴ゆきは反射的につかまれた腕を振り払いたくなったが、リスク回避の思考から前面をまず見遣る。


そこには常識では考えられない姿が露呈ろていしていた。


この山に潜む脅威が、ありありと網膜に戦慄せんりつとして刻みつけてくる。


恐ろしい経年劣化と自然の取り巻きを受けて貫かれている廃車の残骸ざんがい

その凄惨せいさんな光景に萎縮いしゅくし、すがめられていく双眸そうぼう


由貴ゆきはせめてもの優しさで美嘉みかを抱きしめた。


美嘉みかは泣いている。

心の底からおびえ切っている。

このままでは彼女の精神がもたないかもしれない。


抱き寄せたまま彼女の頭部のヘルメットの縁から、前方へと視線をわす。


眼差しの先の狂乱の果て――

この場所に金輪際、関わってはいけない。


フロントエンジンの変わり果てた姿は敗北の象徴なのか。

風雨によって赤茶色に錆尽さびつくされ、溜まった雨水をよだれのように隙間から滴らせている。


所々、ダクトやバッテリーをつないでいる配線などが、生々しい隆起と沈降とをはらんではうねり、人間のはだけたはらわたを思わせる。


食欲に狂った植物による損壊を受け、経験したことのないおぞましさに心底から打ち震えた。

 

車のしかばねを越えていく。


誰もいない墓場。


狂い死にの鉄塊からは車種やメーカーなど、もはや識別出来ない。


そして進行方向右手に見たことのあるスポーツカーをみとめた。


この森の地獄で唯一真新しい印象を残している。


由貴ゆきの感情は赤く染まっていく。


あんな男、探す価値もないはずなのに。

どうしてこの車に引き寄せられてしまうのだろう。


布施のスポーツカーに宿る――その燃えるようなレッド。

私たちの情熱の証。


半分ほど開いたままの助手席のドア。

亡霊のように手を掛ける由貴ゆき


キィ……ときしむ鼓膜は、古びた洋館の扉の音を連想させた。


自身のヘッドライトで車内の様子が嫌でも目に入ってくる。

 

捩切ねじきれて失われたハンドル。

血塗られたままのフロントガラス。

 

誰もいない。

いるはずがない。

いるわけないって、分かっているのに。


由貴ゆきは泣きたくなった。

もうこんな車、アイツも戻ってくるわけ……ないのに。


由貴ゆきちゃん、そんな車放っておいて先、行こうよ」


――‼︎


「誰も乗っていないに決まってんだから、そんなの意味ないよ」


美嘉みかの本心は由貴ゆきの最も柔らかい心の傷底をヤスリで逆撫さかなでする。

力の加減など知りもしない、それでいて容赦の無い摩擦が由貴ゆきの心の薄膜うすまくを無感情にも傷つけ、流血させる。


手当の方法もわからない。


したたり落ちる心の鮮血――それは、怒りの炎色へと爆発的な熱量となって心臓に流れ込み発火した。


「あんたに何がわかるのよ! この車はね、アイツと一緒に過ごした身体の一部なの! どうせ意味なんてないわよ! 分かったようなこと言わないで‼︎」


ビクッと美嘉みかは全身を震わせると、ようやく由貴ゆきから身を離す。


その場でうつむきながら手持ちのランタンが今にも落ちそうな程、恐ろしく赤く染まっている地面の一部を照らす。


由貴ゆきは力なく異色の大地に両膝を落とす。


車の助手席を前に両拳りょうけんを失意たる膝上に震わせながら、端正な顔を悲嘆にもゆがめた。


「あんなやつ、いなければよかったのに……」


由貴ゆきの行き場のない嗚咽おえつが悲しみの音として、ヘッドライトを無情にも震わせる。


ライトを見据える美嘉みかはただ、その場に立ち尽くすことしか出来なかった。

 


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