愛のために死んだ人は神の御許へ葬られるというが、だとすれば愛する人を救うために殺人鬼となった彼はいったい何処へ逝くというのだろうか

AI

第1話 プロローグ

  苦悩の平原を越えた絶望の城に、全ての願いを叶えてくれる地獄の魔女カーミラが住むという。しかし願いを叶えてもらった者は必ず、全ての幸福を失い、最も凄惨な最期をとげるという――


◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇


 教会の鐘が夕刻を告げると共に、地下牢の囚人たちにも食事が配られた。薄暗い地下牢はカビ臭く、食事は貧相な物だったが、それでも囚人たちにとっては唯一ゆいいつ気の休まる時間だった。

 老人と共に一つの牢屋に入れられていた若者は、衛兵から扉越しに渡される食事を受け取った。相部屋の老人にも食事を渡す。


「ほら、じいさん、あんたも早く食べようぜ」


 その様子を見ていた衛兵が一言つげた。


「そのじいさんは明日の朝には絞首刑さ。まあ、最後の飯をせいぜい噛みしめて食うんだな」


 膝を抱えた老人は、うつむいたまま何も言わず、全てを受け入れているようだった。伸びた髪と髭は真っ白で、深い皺の刻まれた顔からは、老人の人生の重みがにじみ出ている。その老いた瞳の奥には、死への恐怖ではなく、つぐないを果たそうとする決意があるように見えた。

 若者はどうしてよいのかわからず、とりあえず声を掛けた。


「……そのなんだ、寂しくなっちまうな……。あんたからは色々な物語を話してもらったしな。あの英雄の話なんて感動したよ……」


 けれど若者は冷めた目で呟いた。


「でも、どうせ物語と現実は違うのさ……」


 所詮しょせんは物語のように英雄になれるはずもない。この若者は食うに困って盗みを働いて捕まり、結局は牢獄で暮らすことになってしまったのだ。そんなどん底の人生しか送れない彼は、噛みしめるようにそう吐き捨てた。

 物語がいくら感動的な結末を迎えようと、自分の人生は何も変わりはしないのだ。


 老人は若者を見つめると、言葉を絞り出すように告げる。


「短い間じゃったが、お前さんと過ごせて満足しておる……。だからあと一つ、『最後の物語』を聴いて欲しいんじゃ」


 若者は静かにうなずいた。

 そして老人は最後の物語を語り始めた――


「これは今までの物語の中で、最も罪深く、そして最も愛にあふれた話じゃ――」と。

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