夜光の王

空野つづら

序章


 獣達の騒ぎ声で〈燈採あかりとり〉は顔を上げた。森の奥が明るく輝いている。夜空に光の柱が立ちのぼって見えるほどだ。〈燈採り〉は光源を目指して駆け出した。あれほどの〈輝き〉は珍しい。見つければきっと金になる。

 同じ事を考える獣は多く、道すがらつまらない小競り合いがおきた。だが相手はどれも小物ばかりで、〈燈採り〉が大きな翼腕を振り回すだけで簡単に蹴散らす事ができた。

 辿り着いた柱のたもとには一人の子供が倒れていた。ニンゲンの子供に似ている。歳の頃は四つか五つくらい。真っ白な髪と真っ白な肌はこちらの目を突き刺すように眩く、芯からきらきらと光を放っている。

「〈輝き〉の子だ」

 〈燈採り〉は手を伸ばし、そっと子供に触れた。なんという美しさ、なんという明るさか。食せば計り知れない力を得られるだろう。

 ただ〈燈採り〉は力を得る事に興味が無かった。だからこんな仕事が生業として成立する。その性質は常夜とこよの世界では稀有な存在だった。

「これは……売り先を吟味せねばならんな」

 〈燈採り〉は慎重に子供を抱きかかえた。すると、子供は長いまつ毛に縁取られた大きな目をパッチリと開いた。その目は彗星を切り取ったような鮮やかな青色をしていた。

「貴方は誰?」

 子供が真っ直ぐ訊ねてきたので、〈燈採り〉は少々面食らった。

 〈燈採り〉の体は大柄でずんぐりしていて、手足の指には鋭い鉤爪がついている。目元は羽毛に隠れてはっきりしないのに、尖った乱杭歯は剥き出しになっていて、お世辞にも見目が良いとは言えなかった。

 しかし子供は〈燈採り〉を全く怖がる様子がなかった。いまにも鉤爪が腹に食い込みそうになっているにも関わらずだ。それは〈燈採り〉にとって新鮮な体験だった。

「……俺は〈燈採り〉。〈輝くもの〉を集めて、それを売って暮らしている」

「名前は?」

「名前……」

 〈燈採り〉は問いに対する答えを思い出す事ができず、酷く焦った。あまりにも一人でいる時間が長過ぎた。名前などなくても商売はできる。その事に甘え過ぎていた。

「忘れた」

 〈燈採り〉は正直に言葉を返した。子供はきょとんとして、それから急に大人びた雰囲気で笑った。

「じゃあ僕がつけてあげる。好きなものを教えてよ」

 子供の提案は突飛なものだったが、その言葉には不思議な強制力があった。やはり〈輝き〉の力が強いのだ。〈燈採り〉は頭に浮かんだ単語をポロリと口から滑らせた。

「…………ベルクト」

「ふふ、それってまるで貴方みたいね」

「知っているのか」

「鳥の名前でしょう?誇り高き猛禽」

 子供は〈燈採り〉の役に立たない飾り羽をふわふわと撫で回した。

「僕はジラーニィ。一人じゃ歩けないの。だから僕を一緒に連れていってよ、ベルクト」

 よく見ると子供の小さな足には沢山の杭が突き刺さっていた。これでは歩けないのも納得だった。かなり無惨な見た目だが、子供が痛がるそぶりを見せないのが唯一の救いに思えた。

「いいだろう。ただし、お前を売り飛ばすまでだ。俺は商人だからな」

「分かった。この世で一番立派な人に売ってね」

「注文の多い奴め」

 ベルクトは言われなくてもそのつもりだった。これほどの〈輝き〉はまたとない。相場を考えてもジラーニィは安くない商品だ。満足な対価が支払える相手は限られる。

 聖堂都市〈ボーグ〉に住む〈拝光教はいこうきょう〉の上級僧侶か、はたまた北の城塞都市〈トリグラフ〉に陣を構える〈白獅子騎士団〉か。少し田舎だが東の〈水鏡湖みかがみこ〉地帯の領主でもいいかもしれない。

 なんにせよ、それらの候補を訪ねるとなると、この世界をぐるりと一周するくらいの長旅になりそうだった。

「よろしくねベルクト」

 腕の中で真白い子供がニッコリと笑った。

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