偶然助けたコスプレ美少女は学校の一軍女子で、親友の女子がガチ嫉妬している件について

月平遥灯

#01 偶然助けたコスプレ美少女は着替えを忘れた挙げ句、電車に乗り遅れた件


薄暗い裏道にコスプレイヤーがいた。

そのあまりにも場違いなコスプレイヤーが、なぜかホスト風のおっさんに壁ドンされている。



居酒屋やイタリアン、ラーメン屋の建ち並ぶ表通りから一本入った生ゴミ臭い裏道に、なぜ美少女コスプレイヤーがいるのか、僕の脳はバグり散らかす。

考えてみても、今日はコスプレイベントなんてないし、この辺りにコスプレ接客をする店があるなんて聞いたことがない。第一女の子はどうみても僕と同じ一六か一七くらいの女の子だ。お酒を飲む店で働いているようには見えない。



現在は七月の上旬でハロウィンには早すぎる。じゃあ、このコスプレの女の子はなんなんだろう。コスプレの完成度が高すぎる。



青い髪のウィッグに青いカラコン。ヒラヒラのフリルの衣装は魔法少女さながら。まるでアニメの中から出てきたかのようなヒロイン属性。透き通るような肌は雪の精みたいで、ナンパされるのも頷ける。要は誰もが目を向ける美少女だということ。



しかも僕の知らないアニメのキャラクターだ。いや、アニメかどうかも疑わしい。



「なあ、いいじゃん。そういう店の子なんだろ?」

「やめてください、お願いしますッ!! 急いでいるので」

「そうつれない返事するなよ」



時刻は午後八時を回ったところ。ナンパしている男はどうやら酔っているようだった。おっさんは上下黒のスーツに先の尖ったエナメルの靴。ネクタイはしておらず、Yシャツのボタンは上から三つ外している。そしてロン毛の茶髪。五〇代くらいだと思う。清潔感はない。



なんでそれでナンパしようと思ったのか理解できないなぁ。



「あのさ、俺も時間がないの。お前に断る権利なんてないから」

「そ、そんなのおかしいですよッ!!」



駅に向かう最短ルートだから僕もここをよく通るけど、今はこの光景を見てこの道を選択したことを後悔した。いくらなんでも、まさかこんなところで通せんぼをしてナンパするおっさんがいるなんて。迷惑も甚だしい。



「あっ」



コスプレ美少女は僕の存在に気づき、目で訴えてくる。僕にはそんな時間はない。あと数分で電車が来てしまう。それを逃すと一時間近く待たなければならないのだから、人助けなんてしている暇はない。ここで回れ右をして他の道に出ても、電車を逃すことになる。



「なんだお前は」

「別に」



素通りして先を急ぐことも考えたが、道を塞ぐように二人が向かい合っているために、それは少し厳しいかもしれない。



人助けなんてしたこともないし、むしろはっきり言って、僕は他人が嫌いだ。雰囲気で流されて簡単に人を裏切る。だから社会構築を拒むことに全力を注いでいるのだ。それに困った人を助けたところで、今度は自分に危害の矛先が向けられた場合、二次被害を生むだけじゃないか。



しかし、それとは別に目の前の障害を取り払わなければ、電車に間に合わない。仕方ない、やるか。



「あのさ。そういうのやめたほうがいいんじゃないですか?」

「あぁッ!?」

「いい大人が嫌がる女の子をナンパとかカッコ悪すぎだと思います」

「てめえ、なんつった?」

「だから、カッコ悪いって言ってるんです。頭にきたからって僕を殴りますか?」

「言われなくてもッ!!」

「殴ったら刑務所ですね。言っておきますが、僕は絶対に示談なんてしません。暴行罪で確実に実刑です」

「くっ……」

「それと、その子の手首掴んでますけど、それも立派な暴行罪ですからね。この場で警察呼びますか?」



予め110と打っておいたスマホの画面を見せると、男は怯んで一歩後退りした。



「ほら、逃げないと警察呼びますよ?」

「クソがッ!!」



おっさんは転びそうになりながらも駆け出して、表通りの方に逃げていった。

奇跡的にうまくいったものの、僕は心臓バクバクで、もう吐きそう。もし殴りかかってきたら勝てるわけなんてないし、それで逃げても逃げ切れる自信もなかった。まだ手が震えている。



「あの、ありがとうございました!」

「いや。別に」



美少女コスプレイヤーは安心したのかペタンとその場に座り込んで、僕と同じように手を震わせていた。目をウルウルさせながら僕を見上げる。普通に可愛い。



「怖かったです……あぁ、声まで震えちゃった」

「そうですよね。大丈夫ですか?」



僕が手を差し伸べると、女の子はためらいもなく僕の手を取り立ち上がって、衣装をパンパンと叩いて埃を落とした。



「ありがとうございます」

「この道は暗いし、危ないから次からは一人で通らない方がいいかもしれないですね」

「そうですね。気をつけます」



なんでコスプレをしているのか聞きたかったけれど、今はそれどころじゃない。電車の時間まであと五分しかない。



「あの、差し支えなければお名前を、」



僕の名前は鷹見春嘉たかみはるか



左手に抱えている箱を見る。そう、今日はコレを買うために正体を隠しているのだから、ここで名前なんて言うわけにはいかない。



「あ、やばい。電車の時間。じゃあっ」

「えっ!? 待ってください」



女の子はもう大丈夫だろう。僕は逃げるように走り出した。このとき、箱とは逆の手に持っていたラノベを手から滑らせてしまった。セルフレジで袋を購入するのを忘れてしまい、後から気付いたが、時間がないためにそのまま手で持ってきたのだった。



拾って、急いで立ち去る。



ようやく買えた大きめのフィギュアの入った箱を抱えて。







助けてもらったのに名前すら聞けなかった。



颯爽と現れて助けてくれた人は、ゆるく掛かったパーマをワックスでセットしていて、無造作ヘアの爽やかな少年だった。夏だからか、青く丸いレンズのサングラスを掛けていてなかなかオシャレな感じの人。



服装は少しヤンチャな感じなのに話す内容はしっかりしていて、威圧や暴力で解決するんじゃなくて、論理的に追い込んで男を黙らせた。とにかく相手に有無を言わせないような凄みがあった。彼が助けてくれなければ、自分が今頃どうなっていたのか分からない。考えただけでおぞましいし、恐怖で震えが止まらなくなる。



こんなに怖い思いをしたのは人生で初めてだけど、あんなにかっこよく助けてもらえたのも初めてだった。これが物語の中の話なら、控えめに言っても“”だったと思う。しかし、現実は程遠い。



だって、助けてもらったのに名前すら聞けなかったなんて。

彼がこの道をチョイスしたのと、あれだけ急いでいたところを見ると、電車の時間かな。この時間だと下り電車しかない。そう、自分と同じ電車に乗るために急いでいたのだと思う。ああ、それでも名前くらい聞きたかった。



あわよくば連絡先も聞きたかったなぁ。お礼したかったし。

でも、あの人が落とした本のタイトルを忘れなかった。



“陰キャの俺の持ち物を女子たち欲しがる理由が呪術のためだったために全力で逃げることにした”



なんか……タイトル長くない?

どんな本なのよ。でも、水平みずひら駅から下り電車に乗っていることと、その本だけが頼りだ。忘れないようにスマホにタイトルを入れておこう。



あと、なにを大事に抱えていなのだろう。大きな箱を持っていたけれど、とても大事そうだった。



スマホを見たら、電車はすでに行ってしまった後だった。そうなると一時間近く待たなければならない。



「最悪だ〜〜〜〜」



あれ。

スマホの画面に反射する自分を見て驚愕した。

衣装のままだ。着替えてくるのを忘れてしまった。いったい自分はなにをしているのだ。これだから嫌なのだ。









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