第18話『毒薬とハイパーダイナマイトありがとう2』

 写真集の撮影も無事終わって最終日の夜、みんなで打ち上げをした後、翔さんに誘われて二人でバーへ行った。

「はい、おつかれさま。乾杯」

「乾杯、翔さんありがとうございました」

「どういたしまして、カレンちゃんと仕事がしたいと思ってたからさ」

「えっ、なんか、ありがとうございます」

「さっきからありがとうしか言ってないよ」

「えっ……あ、すみません、こういうところあまり来ないので」

「アイドルって楽しい?」

「はい、どんどん夢が叶っていく感じですごく楽しいです、翔さんは?」

「もちろん。子供の頃からの夢だったしね。カレンちゃんみたいなきれいな子も撮れるから楽しいよ」

「やだあ、いっつも厳しいのに、お世辞ですか。翔さんひょっとして酔ってます?」

「いや、真面目な話、カレンちゃんの専属になりたいぐらいだよ」

 私はこういう時なんて言えばいいか分からなくて黙ってしまった。たぶん顔が赤くなってる。恥ずかしい。

「カレンちゃん。日本に帰ったら付き合って欲しい」

 えっ……私……。私は砂浜を笑いながら歩く二人の姿を想像した。カンタンに想像できた。

 でも……。私はすぐに黒い絵の具で塗りつぶすようにしてイメージを消した。

 だって私は……。

「ごめんなさい。私、アイドルなんです。アイドルは恋愛禁止なんです。アイドルにとって恋愛は毒薬みたいなものなんです。飲んだら……そのアイドルは死んでしまうんです。私……今はまだ死にたくないんです。アイドルを続けたいんです。尚さんのことが、どれだけ好きでも今はまだ毒薬を飲めないです」

「……そうか、そうだよな。なら……」

そう。私はアイドル。みんなに夢を売るお仕事。普通のアイドルはミオタンが言うように30が寿命だとして、あと9年。

 それまでに行けるところまで行かないと。できることは全部やっておきたい。

♪♪♪♪

 帰国後のレッスンで、社長が集合をかけた。

「新曲のデモができたから、みんな聴いてみてくれ」

 仮歌はハミングで、まだ歌詞はついていない。よし。

「すみません。私これの作詞をやってみたいです」

翔さんのことを考えながら、数日かけて2パターンの歌詞を作った。お別れの曲と新たな旅立ちの曲。

 提出した数日後、社長に呼ばれた。

「カレン、あの曲なんだが……『恋は毒薬』と『デコボコ』甲乙つけ難い。ちょっと仮歌を録って比べたいから歌ってくれないか」

「はい」

♬♬♬~

「うーん、どっちもいいんだよな。毒薬の方だとシークレットラブのその後みたいになるし、デコボコは何か元気をもらって『やるぞ!』という気になる」

「はい」

 私には決める権利はない。

「ん、ちょっと待てよ」

 あっ、社長の思い付きが始まった。

「これを……こうして……こうしたら。よし。これだ。カレン」

「はい」

「これは二つの曲を一つにする」

「えっ?」

「あと収録までにアコースティックギターを猛練習しておいてくれ」

「えええ?」

 初披露は私の誕生日9月26日、新宿ブレイクでの生誕ワンマンに決まった。

 ソロは練習する暇がなかったから、ギターで練習した『マリーゴールド』と、『NERVE』をカバーして、最前のカレニストたちと指先タッチをした。担当カラーの真っ赤なバラ100本の花束を5つももらって、持ちきれなかったけど嬉しかった。

「では聴いてください。新曲『Say Hello』」

 イントロからアコギのソロの弾き語り。メンバーは私を中心に半円を描くようにしゃがんでいる。

≪きらめく水辺を歩く二人 とても幸せな景色 だけどそれを塗りつぶして 私は一人≫

≪あなたに背中を向けながら 愛してるとつぶやく あなたに涙見えないように さよなら告げる≫

≪恋は毒薬 それを飲むと 私は死んでしまう 辛いけれど寂しいけれど でもねあなたに Say Goog-bye≫

 メンバーがゆっくり立ち上がると、アップテンポに変わった曲のオケが流れる。私はギターをスタンドに立てて四拍遅れてダンスに加わる。

≪私は今走り出す どんなデコボコだって 絶対止まれない きらめいた素敵な写真に これから出会う全てのものに Say Hello Say Hello≫


「ニジドリ物販列、カレンチェキ列ここで切りまーす」

 生誕祭の主役の子のチェキ列はとんでもなく長くなる。カレニストからライブハウスの外まで伸びてると聞いた。今日撮れなかったって人がいないといいけど。

 ジャンケンチェキの後はお約束。

「ニジドリ物販終わります。ありがとうございました」

 パチパチパチパチ……パン!パンパンパン!リナチー「ビーフ オア チキン?」

 ミオタン「ビーフ!」

 リナチー「鳥にしなさい、鳥に」

 ミオタン&リナチー『トリニダード・トバゴ!』

 アオイ様「ど、どこやねん!」

 リナチー&私「レボリューション!」


 【板垣翔】

 いやあ、カレンちゃんに見事フラレちゃいましたね。でもカレンちゃんの言うことは分かるんです。オレだって「カメラやめろ」って言われたら死んでもやめないですからね。

 でも彼女は言ったんです。「今は……」って。「今はまだ……」って。

 だからオレも言いましたよ。

「ならカレンちゃんがその毒薬を飲めるようになるまで待つよ。待つのはオレの勝手だからね。だから全力でアイドルをやって。オレずっと応援して待ってるから」ってね。

こう見えても気は長い方だし、確かに今はオレもまだ写真に専念するべきだろうからね。

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