21. 廃棄王女、王弟を訪問する

「急な申し入れにお応えくださり感謝いたします」


 客間に通されて間もなく、にこやかな笑顔のアルバート殿下が現れました。


「いやいや、メディア王女殿下ならいつでも歓迎いたしますよ」


 普通なら先触れを出しても数日は待たされるものです。場合によっては一、二ヶ月後ということもありますし、下手をすれば音沙汰無しの可能性もありました。


 だから無理を承知で面会を申し込んだのですが、意外にもアルバート殿下からすぐに快諾の返事を頂きました。


 思っていた以上にアルバート殿下は私に好意的なようです。


「それで、本日はどのようなご用件なのでしょう?」

「厚かましいとは思ったのですが、一つお願いがあって罷り越した次第です」

「ふむ、お願い……ですか」

「はい、私はロオカに来てまだ間も無いものですので、この国の勝手が分かりません。ですので、城下へ下りて見聞を広げたいと考えております」

「なるほど?」


 少々腑に落ちないといったていで、アルバート殿下はそれでも相槌を打たれました。私の言っていることは理解できるが、何を頼もうとしているか意図が読めないと言ったところでしょうか。


「そこで王都について明るい者を探しております」

「ああ、王女殿下は案内人を欲していらっしゃるのですね」

「私もロオカに嫁ぐ身なれば、この国に無知ではいられません」


 私を見るアルバート殿下の目がスッと細められました。まるで品定めされているかのよう。警戒されてしまったでしょうか?


 私の身分は未だカザリアの王女。ロオカとは同盟関係にありますが、先日の謁見でも分かるように決して仲は良好とは言えません。


 もしかしたら国情を探る間諜まがいな行為だと受け取られてしまったかもしれません。アルバート殿下は私に疑心を抱いたのでしょうか、私へ向けられる紺碧の瞳が少し厳しくなったように感じます。


 どうしてでしょう……胸がきゅうっと締め付けられたように痛い。


 アルバート殿下は口を閉じて何やら考え込み、しばしの沈黙が流れました。その間もアルバート殿下からじっと見つめられ、何となく座りが悪いです。


「どうして私なのでしょう?」

「はい?」


 おもむろにアルバート殿下は質問を投げかけてきましたが……どういう意味でしょう?


「私は滅多にべティーズにはおりません。頼まれる人選が適切とは思えないのですが?」


 ああ、そういうことですか。


「私には他に頼れる方がおりません」

「あなたはギルスの婚約者ではありませんか」


 その地位をもって他の貴族に依頼しないのかと殿下は仰りたいのでしょうか?


「ロオカの貴族に面識はございませんし、ギルス殿下には先触れを出したらそのまま突き返されました」

「ギルスはそんな愚かな真似を!?」


 アルバート殿下が目を剥かれました。ですがそれも無理からぬこと。


 先触れの書簡を受け取らずそのまま突き返すのは拒絶の意。はっきり言えば最大限の侮辱に当たります。貴族なら相手への感情は隠すもの。どんなに会う気が無くとも受け取っておくのが普通です。しかも相手はカザリアの王女ですから、国際問題に発展してもおかしくありません。


 この一事だけでもギルス殿下の軽挙妄動さが推し量れるというものです。


「まさか陛下や宰相からも?」


 この問いに私は少し首を傾げ曖昧な笑顔を浮かべました。さすがにジョルジュ陛下や宰相デュマン卿からも拒絶されたとはっきり口にするのは憚れますので。


 身内のあまりの愚行に眩暈でもしたのか、アルバート殿下は額に手を当ててため息を漏らしました。


「メディア王女殿下には重ね重ねご不快な思いをさせてしまい大変に申し訳ない」


 アルバート殿下は躊躇いも無く頭を下げられました。この方は良くも悪くも直情型の軍人なのですね。ですが、今はその真っ直ぐな気持ちが私には嬉しい。


 ロオカの殿上人の愚かな振る舞いのせいで憂鬱になっていましたが、私の心にまるで暖かな光が差したようです。


 だからでしょうか、自然と頬が緩んでしまいました。


「頭をお上げください。全て些細な事です」

「これほどの侮辱を些事と仰いますか」


 頭を上げたアルバート殿下は苦笑いを浮かべられましたが、どうやら私の言を皮肉か冗談と捉えられたようです。それはそうでしょう。ジョルジュ陛下やギルス殿下の私へ行った仕打ちは完全に国際問題になる度合いのものなのですから。


「ええ、些末な事です。帝国の脅威を前にしては」

「あなたはそこまで」


 ですから、それを小さい事と流す私の覚悟がアルバート殿下にも伝わったようです。


「先日も申し上げましたが、今は同盟国同士で争っている時ではないのです」

「お恥ずかしい限りですが、私は帝国について無知でありすぎたようです」

「殿下のお立場では致し方ないことかと」


 南方鎮守将軍に任じられているアルバート殿下の目は常に南を向いていなければなりません。しかも軍人畑の殿下には帝国の脅威を推し量るのは難しいでしょう。


「ですが、『南方の獅子公』たる殿下になら帝国と東方諸国の戦争におけるロオカの軍事的立ち位置はご理解いただけているはず」

「あなたの立場でそれを口にしてよろしいので?」


 アルバート殿下が少し困ったような顔をされました。


「ロオカの去就一つで戦況はどちらにでも傾くのですよ?」


 本当にこの方は腹芸のできない誠実な方です。この事実は帝国、カザリア双方を脅せる材料だと言うのに。ロオカの為政者達はその事実に気づきもせず、逆にアルバート殿下は理解していながら脅迫など考えもしない。殿下は有能なお方ですが清廉すぎて心配です。


「殿下、これは事は内密にお願いしたいのですが……」


 もっとも、だからこそ殿下になら信じて全てを打ち明けられる。ああ、もしかしたらそう思わせるお人柄は為政者として短所であると同時に長所であるのかもしれませんね。


 それに――


「ギルス殿下と私の婚姻は、我が父ソレーユ陛下のロオカを支配下に置く陰謀の可能性があるのです」


 これを話してしまう私も良い加減お人好しなのかもしれません。

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