第4章 廃棄王女と憂国の王弟殿下

閑話② 憂国の王弟は麾下に問う

 南方諸国でロオカ王国は大国の部類に入る。その王都であるべティーズは東方諸国にも知られた花の都。城郭は大きく城へと続く大道は花で溢れた華やかな大都市である。


 人口は十万人を超え、昼夜を問わず人の往来も激しい。


 王城や貴族の屋敷は華美なものが多く、見た者の目を奪う。しかも、夜毎に催される舞踏会で煌々と光を放ち、それらは昼とは違った顔を見せてくれる。


 そんな華やかな邸宅の並びに一邸だけ無骨な建物があった。全ては白一色で統一され、柱や壁には意匠も施されていない。


 周囲と比較して大きくはあるが、なんとも飾りっ気の無い邸宅である。だからこそ却って目立ってはいたが。


 ここの主人の名をアルバート・ブランシェ公爵という。


 彼はロオカ国王ジョルジュの弟、いわゆる王弟である。臣籍降下して公爵位を賜わり、南方鎮守将軍を拝命してロオカの南東端に鎮座している。


 その為、王都べティーズにあるこのブランシェ公爵邸はほとんど主人を迎えることなく、一年の大半は寂しく佇んでいるのである。


 ところが、今は珍しくブランシェ公爵邸には主人を始め、主だった家臣達が集まっていた。もっとも、人の多さ割に賑々にぎにぎしく明るい雰囲気ではない。むしろ、通夜の如く沈んでおり、皆の口は固く閉ざされていた。


 彼らは今この屋敷の会食にも使われる大広間で顔を突き合わせて、ロオカの行く末に関わる重大事について頭を悩ませているところである。


「ギルス殿下も浅慮な真似を」

「困ったことになりましたな」


 アルバートの両側に座る二人の壮年の家臣が顔を歪ませた。五十半ばも過ぎた老将セルゲイとアルバートの教育係でもあったゾーリンである。


「よりにもよって大国カザリアに喧嘩を売るような振る舞いをされるとは」

「宰相殿も宰相殿だ、何故お諌めしなかったのだ」


 先日のギルスがやらかしたカザリアの王女への暴挙は既に彼らの耳にも届いていた。武辺の彼らは王都から離れていることもあって宮中の世事に疎い。それでも噂を知っているのだから王都中に知れ渡っていると見ていいだろう。


「まあ、ギルス殿下のお気持ちも分からないではないがな」

「同感、リムル嬢とカザリアの王女とじゃ月とスッポンだもんねぇ」


 南方で恐れられている若き猛将ナッシュがギルスに同情すれば、アルバート麾下最年少のノイルが美しい令嬢リアムを思い浮かべて同意した。


「例のカザリアの王女をチラッと見たけど大して綺麗でもなかったよ」

「ああ、それに噂では、カザリアの王女は性根の腐った奴らしいしな」


 野次馬根性で入城するメディアを好奇心で盗み見たノイルは、大国の王女もこんなもんかとガッカリした。ナッシュは貴族の間で噂を真に受けたのか、メディアにあまり良い印象を持っていないらしい。


「軽々に外見や噂で判断するのは危うい」


 浮薄な二人の意見に若い将官が眉根を寄せた。普段は滅多に意見を口にしない寡黙な青年ニルバだ。


「俺は異邦の地で毅然とされる姫君に感服する」

「だがニルバよ、カザリアは自国の隆盛を誇って此度こたびの婚約話を持ち込んできたのだろ」


 ニルバはメディアについて早計な判断をしないよう釘を刺したのだが、何故かカザリアの話にすり替わりセルゲイに窘められてしまった。


「さよう、奴らの魂胆は見え据えておる」

「……」


 宿将セルゲイに続き、重鎮ゾーリンにまで反論されては、若輩のニルバへ口を閉じる他ない。


「殿下、カザリアは我がロオカに帝国と戦をさせようと企んでおります」

「かの王女もカザリアで黒き魔女と呼ばれ、いたずらに奸計を弄する輩とか」

「男を手玉に取る悪女とも聞き及んでおります。ゆめゆめ油断なされますな」


 二人の諫言にアルバートは額に手を当てため息を漏らした。


「お前達までそんな流言飛語に踊らされて……」


 最初はギルスの愚行と今後のカザリアへの対応について議論していたはずなのに、いつの間にかメディアの悪評を論う場へと変わっていた。


 ロオカの貴族は大国への嫉妬からかカザリアに良い感情を持っていない。それはアルバートの家臣にまで浸透しているらしく、カザリア憎しがメディアへの悪感情を抱かせているようだ。


 まさに、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いである。


「ニルバが申していたであろう。直接会って話してもいないのに根も葉も無い風評で目を曇らせるな」


 アルバートの見るところメディアは篤実な人物である。だが、同時に為政者としての顔を持ち決してお人好しではない。


 事実、メディアの目的はヴェルバイト帝国と東方諸国の戦争にロオカを参加させることだ。アルバートは彼女の口から直接それを聞いている。


 だが、その根底には民を想い国を憂う優しさがあり、その為なら彼女は自分自身さえ犠牲にできるのだ。安全な後方で偉そうにふんぞり返って命令し、民から搾取して贅沢三昧に暮らすロオカの貴族達よりよっぽど好感が持てる。


「メディア王女殿下は謁見の場でもご立派であられた」


 しかし、アルバートの家臣はみな軍人。政治的な話などしても共感を得られないのはアルバートにも分かっていた。


「確かに彼女の狙いはロオカの参戦。帝国の脅威を東北諸国から払拭するのが望みだろう」

「ならば……」

「彼女は一人でやって来たのだ」


 口を挟もうとしたセルゲイを手で制してアルバートは続けた。


「孤立無援の異国の地で、敵意を向けられても毅然としていた」


 自分の恋人と別れ遠くロオカまでやって来たメディアは、たった一人でロオカの王侯貴族を真っ向から迎え撃った。


「卑劣な貴族どもに一歩も引かない王女殿下の勇気と気概には胸がすく思いだった」

「それは何とも……痛快ではありますな」


 これにはゾーリンも同感だった。


 国庫を浪費するしか能がない王都の貴族達。彼らは南方の戦いには口は出しても手は貸さないのでアルバートの家臣達は良い感情を持っていない。


「謂わば彼女は祖国の為に一人で敵地に乗り込み、数百数千の敵兵と対峙したのだ。その勇気と気概は誉め讃えられるべきものではないか?」

「そう聞かされると勇猛な将軍のような女性に思えてきますな」


 ほう、とセルゲイが感心した。


 豪気な性分のセルゲイは何より英雄英傑を好む。アルバートの語るメディア像は彼の琴線に触れるものだ。


「お前達に問いたい」


 アルバートは自分の家臣達を一度見回した。


「それでもメディア王女殿下は噂のような悪女だろうか」

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