だからオタクはやめられない

@kaerunohara

1話 オタクなんて辞めてやる①

 ―――オタクなんて辞めてやる。

 二週間前、とある投稿が俺をそう決心させてくれた。

 

 好きな女性声優の結婚が結婚することをご報告した。

 少し遅めのお昼休中、パンを片手にSNSを見ていた時にその投稿を見つけた。

 手書きで書かれた『結婚』という文字を見つけた瞬間、自分の中の時が止まった。気づいたらスマートフォンの画面は暗くなり、一瞬自分は幻でも見ていたのではないかとも思ったが、電源を入れ直した画面にはさっきまで見ていた画面と全く同じ物が表示されていた。

 投稿されたのは約十分前、幸か不幸か普通に昼休みを取っていたら仕事が終わるまで気づかなかったな。心の中でおめでとう、とつぶやいた後、何をする気にもなれず、手に持っていた食べかけのパンは袋に入れてゴミ箱に捨てた。


 その後のことはよく覚えていない。いや正解には思い出したくはないだ。

自分の記憶にあるのは昼休み後、会社のトイレで嘔吐を繰返し、自分のデスクに戻ることもできず食あたりを疑われ社会人二年目にして初めての早退することとなった。

会社近くの内科を受診したが、医師からは特に異常なし、もしかしたら心的な要因もあるかもしれないと心療内科の受診を勧められた。

 帰りの電車の中では症状も落ち着き、ただただボーっと外を眺めていた。いつもはあの女性声優の曲を聞いているがそんな気にもなれず、あの投稿をもう一度見ようという気持ちにもなれなかった。

 ―――俺、あの人のこと大好きだったんだな。

その日が金曜日で助かった。夜も眠れず、『ご報告』のことについて考え、食事もロクに喉を通らなかった。ひたすら彼女がパーソナリティーのラジオのアーカイブ配信を聞き続け、心に空いた穴を埋めようとした。


 彼女が初めてアニメ主演を務めたのは七年前、そのアニメが終了してから半年後にスタートしたラジオ番組だ。

 あまり慣れていないトークから初回が始まり、回を重ねるごとにメールさばきもトークもメールさばきも上手くなっていくのが懐かしく、自分が送った相談メールが読まれたのも恥ずかしくもあったが読まれた時の嬉しさは何年経とうが変わらないものだった。

 ラジオを聞いて内に眠ってしまったようで、番組は改変期を二回超え、時計は十二時を回っていた。ご報告の投稿を見て夢ではないことを確認し、まだ心の傷が癒えていないことを実感する。今日が土曜日で良かったとも思った。

母親がいい加減ご飯を食えと部屋までやってきたので、食は進まないものの約二十四時間ぶりに固形物を喉に通した。家族には申し訳なかったが、半分以上食事を残した。

 結局、食事をまともに採れたのはその翌日の晩御飯で、その頃には自分の感情に少しだけ区切りが着けられた気がした。そして、その時にはもう「オタクを辞める」という決心が付いていた。


 そして、今に至る。

 今日はその彼女が出演するアニメイベントに俺は参加しようとしていた。

 彼女が出演するイベントにはなるべく参加するようにしていて、このイベントも二ヶ月前には出演することが発表されていた。イベントチケットを買っているのも今はこれだけだったので、俺がオタクを辞めるのには最適なタイミングだと思った。

 これが終わったら、新しい趣味を見つけよう。料理でもマラソンでもドライブでもいいのだ。

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