第26話 避けられない真実

 次の日、ときこはまだ薄暗い空を見ながら外出していた。目的地に向けて迷わずに進んでいき、やがてたどり着く。


 そのコンビニに入ると、棚の上に商品を並べている女が居た。ときこの方に振り返った後、目を見開いて反応する。


「あれー、探偵さんじゃないですかー。どうしたんですかー?」

「美宇さんっ、聞きたいことがあるんですっ。あかりちゃんは、なにか調べ物をしていたそうなんですっ。知っていることはありませんかっ。虫取りの方法とかっ」

「虫取り網は、ここじゃ売ってないですねー。聞いたのは、ずっと同じ笑顔を浮かべる意味、ですねー。たぶん、事件の影響で変わらない何かなんでしょうねー。私と逆でー」


 美宇は昔を懐かしむような顔をしていた。かつて自分を襲った事件を思い返すかのように。ただ、ときこは美宇の顔を見ていなかった。


「三つ子の魂百までって言いますし、みんな変わらないんじゃないですかっ」

「私は、大切な人の存在で、良くも悪くも変わると知ったかなー。でも、出会ったことは後悔しないかなー」


 美宇は少し遠くを見ながら、ハッキリと宣言する。それは、新しい未来へ踏み出す決意の宣言のようだった。ときこは、ふわふわした笑顔で返事をする。


「なるほどっ。ありがとうございましたっ」


 その言葉だけを残して、ときこは去っていく。美宇は、軽く頭を下げながら挨拶していた。ときこは振り返ることもなく、ただ歩いていった。


 近くのベンチに座りながら、ときこはあごに手を当てていた。考えを整理するような様子で、言葉をまとめていく。


「生まれつきの人格……。候補はいくつかありますけど、とりあえず病院に向かってみましょうっ。まずは情報を集めてからですからっ」


 目的地を決めたときこは、まっすぐに病院へと進んでいく。その先で、仲睦まじい様子の夫婦を見つけた。


 以前セックスレスになっていた、鈴木夫妻だ。ときこは笑顔で夫妻に話しかける。


「ここって産婦人科ですよねっ。不妊治療は、まだ続けているんですかっ」

「そうですね。養子を取ると決めたとはいえ、治せるものなら治したいですし」

「花子が納得するまでは、付き合おうと思います。私としても、学ぶこともありますからね」


 夫妻は穏やかに手をつなぎながら、ときこと話をしていた。以前あった距離は少しも感じられない姿で。ただ、ときこは夫妻の様子を特に見ず、そのまま会話を続ける。


「あかりちゃんは、見ませんでしたかっ。いま、探しているんですっ。迷子だと、困っちゃいますよっ」

「しっかりしてる人ですから、迷子はないんじゃないですか? 聞いたのは、私は子供を持たないだろうと言っていたことです。その割には、ここでは見かけませんが」

「あまり詮索するのも、悪いですから。ときこさんは、なにか伺っていますか?」


 その言葉を聞いて、ときこは夫妻に一礼して去っていく。妻と夫はお互いの顔を見て、そのまま席に座っていった。


 ときこは病院から離れ、いったん公園に向かった。そこでぐるぐると回りながら、つぶやきを重ねていた。


「生まれつきの人格というのは、あかりちゃんの話ではなさそうですっ。なら、別の誰か……。調べるのは、資料ですよねっ。よし、図書館に行きましょうっ」


 確信を持ったようなまっすぐな目で、ときこは足早に図書館へと進んでいく。その中に入り、あちこち見回していく。そしてついに、ときこはあかりを見つけた。


「あかりちゃん、やっぱりここに居たんですねっ」


 笑顔で告げられた言葉に、あかりは本を置く。そして一度ため息をつき、ときこに向き合った。眉を困らせ、どこか悲しみを帯びた瞳でときこを見つめながら。


「もう、来てしまったんですね……。ときこさん、どうして私を探していたんですか?」

「あかりちゃんが居ないと、私は困りますっ。すぐに帰ってきてほしかったんですっ」


 あかりはときこの返答を聞き、すぐにうつむく。そして胸のあたりを強く握り、まっすぐにときこを見た。あかりにとって、それは決意の証だった。ときこ自身と向き合うと、強い覚悟を決めていた。


「分かりました。一度、事務所に戻りましょうか。残りの話は、それからにしましょう」


 そのまま、ときことあかりは事務所へと歩いていく。薄暗い曇り空の中、ふたりの間にはただ足音だけが響いていた。その足音が、ふたりを隔てているかのように。あかりはときこの方を向こうとしなかった。決意が緩んでしまいそうだったから。


 無言のままひたすら歩き続けてしばらく。ふたりは事務所にたどり着いた。あかりは扉を開き、ときこは後ろについていく。


 そしてあかりは依頼を受ける部屋の椅子に座った。周囲を見回して、目を伏せながら。胸の奥に感じる痛みに、強く向き合いながら。窓の外には、変わらない曇り空が広がっていた。


「思っていた以上に、散らかっていますね……。やはり、ときこさんはときこさんですね」


 親しみなどまるで感じられないような平坦な声で、あかりは告げる。そうしながら、じっと胸の内から湧き上がる感情を抑えていた。あかりの様子に、ときこはわずかに息を呑んだ。ただ、それでも変わらない笑顔で、ときこは会話を続けていく。


「初めてなんですから、失敗くらいしますよっ。確かに、ダメダメでしたけどっ」

「今のあなたを見て、確信しました。やはり、私の予想は間違っていなかった」


 あかりは無表情で、ただ事実を確認するかのように告げる。そうでもしないと、今からする会話を続けられそうになかった。ときこは、ただ笑顔で聞いているだけだった。まるで、何を言われるのかなど分かっているかのように。


 そしてあかりは、目をつぶって深呼吸をした。ゆっくりと、感情を吐き出そうと。本当のことに向き合おうと。目を開けたあかりは、ときこの目をじっと見ながら話していく。


「ときこさんはずっと、依頼人の気持ちに共感していませんでしたね。それに、ただ淡々と依頼人の気持ちを解き明かしているだけでした」


 ときこはあかりの言葉を聞いて、笑顔のまま黙り込む。まるで、都合の悪い事実を指摘されたかのように。その姿を見たあかりは、ときこから目をそらした。そして数秒ほど目をさまよわせ、もう一度ときこと目を合わせる。


 あかりはまっすぐにときこを見ながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。強く震える声で。悲しさを押し隠しながら。


「ときこさん、あなたは……サイコパスなんじゃないですか?」


 あかりが握った拳は、わずかに震えていた。抑えきれない恐怖が、心の底から湧き出ていると感じながら。

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