死体の見えない彼女とこの街の人殺しについて

葵依幸

プロローグ

0 殺人鬼との出会い

 物事を説明するは色んな順序を追って行くべきだと僕は思う。


 唐突に結論を突き付けられる事は親切かもしれないけれど、過程が省かれてしまっては納得はできないだろうからだ。


 例えば、「貴方を殺します」といわれれば「やばい!」ってすぐ分かる。

 だけど、同時に沸き上がって来る「どうして」に答えられずに殺されたとしたら納得ができないだろう。


 もし逃げ延びれば考える余裕ぐらいは生まれる。


 しかし、そうでないのなら「どうして貴方を殺すことになったのか」を先に説明して頂けると被害者からすれば嬉しかったりする。

 これからなぜ自分が殺されるのか、どうしてこんな理不尽な目に遭っているのかをその一瞬で想像し、想定して結論を導きだすと言う作業は途方もなく寄り道の多い大変な作業だからだ。

 例えばほら、この例え話も横道に外れそうになって何を言いたいのか分からなくなりつつあるでしょう? つまりそういうこと。人は目の前で起こっている出来事に注視するあまり、周囲のことが見えなくなってしまうのだ。


 だからこそ僕は結論から話すべきなのだと思う。


 これは以前、彼女を付け回して「何が言いたいの?」と怒られてしまったこともあるからでもある。


 経験から学ばぬものは愚かだ。

 人は学習するからこそ獣ではなく「人間」と呼ばれるのだ。


 人と人との間に生まれる感情。人と人との繋がり、社会性を持つ生き物、それが人間。

 獣と違うのは人と人との間にこそ、その人の存在が確立されることだろう。


 つまり、結論を述べるのであれば、「人の想いなんてものは自分が思っているよりも随分と曖昧だ」ってことだ。



 ――さて、そろそろ話題を戻そうか。


 否、目の前の現実に目を向けるとしよう。



 まず目下の問題として目の前で起きている事に対処し、解決する必要がある。

 何をするにしても生き延びる事。

 これから貴方を殺しますと宣言されて、何故の理由探しよりも先にその場から抜け出す事が第一だ。こうしている間にも危機的状況は刻一刻と変化し、首を締め付けてきている。

 真綿で首を締め付ける、という表現があるけれどこれはもうそんなレベルではない。一触即発。触れたら首が飛ぶ。そんな状態だった。


「だから、なんで僕が殺されるのか、説明して欲しいのだけれど」


 告げれば、目の前の彼女は全身から「今話しかけるなオーラ」を立ち上らせながらちゃんと答えてくれた。


「うっさい。自業自得、貴方の場合は!」


 敬語とタメ語の混じり合う微妙な距離感を突き付けて来る篠乃枝さん。しかしその視線は僕ではなく目の前にいる「怪物」から外れはしない。


 ――そう、怪物だ。怪物が、僕と彼女の前には立ち塞がっていた。


 なんで?

 どうして?


 それを尋ねたところで怪物は答えてはくれない。

 相手は人間ではなく獣で、結論から述べるのであれば言葉が通じないからだ。

 言葉が通じないのなら僕らが襲われる理由はただ一つ、「運が悪かったから」。

 もしくはもう一つ、ただ一つとか言いながら別の可能性を述べるのは気が引けるのでこっそりと候補を上げてみるけれど、多分それは「僕が彼女に関わったから」だ。


 猫に好かれる彼女。

 死体に縁のある彼女。


 そんな彼女が、僕を振り返ることなく告げる。


「これも全部、貴方のせいですから」


 心外な。僕は何もしていないというのに。


 ただ、ことのきっかけは僕にあるような気がしないでもないので取り敢えず黙っておく。

 とばっちりはごめんだ。

 あくまでも僕は一般人なので。


「出来れば――いいえ、出来なくても良いので余計な事はしないでくださいね」

「むむっ、何だかややこしい事をいうなぁ」

「ややこしくても良いのでじっとしていて下さい」

「はいはい」


 といっても既に電柱の影に避難させていただてるんですけどね。


「話が通じるとは思ってはないけれど――、」


 彼女は深く被った帽子を少しだけ持ち上げ、標識ぐらいの高さにあるエイリアンみたいな顔を見上げて呟く。


「もし私の言葉がわかるなら膝をつきなさい。そうして懺悔なさい、貴方が殺して来た人全てに」


 彼女が、眼鏡を外した。


「――そうしたら、少しは楽に逝かせてあげるから」


 その表情は嬉々としており、何処か安堵しているようにも見える。


 そりゃまぁ……そうなるかなぁ……?


 そして僕も、ここ数日の深夜パトロールを思い返してはそう思う。


 あてのないマラソンほど精神的にくるものはなく、それが終わった今となっては懐かしい思い出と変わりつつあるのだけれど、その日々は十二分に彼女を苛立たせるにあたうものだったのだろう。


 結論。

 詳しいことを何も僕に教えずに散々連れ回した結果がこれ。

 多分恐らく彼女はコイツを探し求めていた。

 そして僕はそれを今知った。



 そうして目の前を埋め尽くすのは赤黒とした鮮血だった。


 生と死が、日常の中に非日常が交錯する。

 そんな非現実的な光景に、彼女と出会った日のことが駆け抜けた。

 多分、走馬灯なんだろうとぼんやり僕は思う。


 何が何だかわからぬうちに殺されてしまうことだけは避けておきたい。

 故に、僕はここに至るまでの数日の日々を走馬灯に抗うことなく、思い返してみようと思う。


 これはこの町に住んでいるヒトゴロシの物語だ。

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