第27話:来訪(ドラゴン視点)
ドラゴンであるルシアは、その巨体でも余裕で鎮座できる漆黒の王座に座り、金色の瞳で周囲を見渡しながら部下たちの報告に耳を傾けていた。彼女の漆黒の鱗と力強い翼がその存在感を誇示している。守護者として長きにわたりこの地の秩序を見守ってきたルシアは、周辺で急速に評判を広げる「飯ダンジョン」の名を聞き、その運営者の無礼な振る舞いに不快感を抱いていた。
「ルシア様、近隣の『飯ダンジョン』という新興ダンジョンが異例の評判を集めています。しかし、運営者からの挨拶は一度もありません」
部下の言葉に、ルシアの金色の瞳が細く輝いた。
「挨拶もなく勢力を広げている?無礼な運営者ね……秩序を乱す存在かもしれないわ」
その巨大な尾を軽く動かすと、玉座の周りに響く振動が部下たちを怯ませる。
「そのダンジョンを直接見てやるわ。もし無礼者なら――潰してしまえばいい」
彼女はその漆黒の巨体を立ち上がらせ、翼を広げて洞窟の出口へ向かう。その姿はまさに畏怖の象徴であり、誰もがその威容に圧倒される存在だった。
ルシアは空を飛び木々や岩々を軽く飛び越え、目的地にたどり着いた。しかし、目の前に現れたのは、飯ダンジョン洞窟の入り口だった。
「地下型のダンジョンか……これではこの姿では調べられないわね」
洞窟の入口はドラゴンの巨体ではとても入れない。ルシアは一瞬考え込んだが、やがてその巨大な体が金色の光に包まれた。光が収まった時、そこには漆黒の髪と金色の瞳を持つ絶世の美女が立っていた。
「人間の姿で入ってやるわ。直接、このダンジョンの実態を見定めるために」
洞窟の中は、ルシアがこれまで見てきたどのダンジョンとも異なっていた。荒々しい岩肌ではなく、整備された石畳の床と柔らかな光を放つ灯りが、訪問者を歓迎するように配置されていた。
「これは……普通のダンジョンではないわね。こんなにも居心地が良いなんて……」
さらに奥へ進むと、そこには湯気が立ち上る温泉宿があった。建物の外では訪問者たちがくつろいでいる様子が見える。
「温泉宿?これは本当にダンジョンなの?」
ルシアは興味を抑えきれず、温泉宿の中へ足を踏み入れた。
中に入ると、清潔に保たれた空間と温かな湯気が彼女を迎えた。湯に浸かりながら談笑する訪問者たちの穏やかな様子に、ルシアは眉をひそめた。
「ダンジョンというのは、恐怖や挑戦を提供する場所のはず……それなのに、ここは癒しを与えている。こんな場所があっていいの?」
彼女は湯船を観察しながら、その意外性に驚きを隠せなかった。湯気に漂う香りは心地よく、そこにいるだけで体が軽くなるような感覚を覚える。
「これは……面白いわね。こんなダンジョン、初めて見る」
ルシアは、次に漂う香りに誘われて温泉宿内のレストランへ足を運んだ。席に座り、案内のまま注文をして、いつのまにか運ばれてきた料理を口にした瞬間、彼女の金色の瞳が大きく見開かれた。
「……何これ……美味しすぎる!」
彼女の舌に広がる味の深み、絶妙な調理が施された肉料理、そして芳醇な香りのスープ。どれもが、彼女の長い生涯で経験したことのない至高の味だった。
「このダンジョン……ただ者ではないわね。ただの無礼者と思っていたけど、これは……価値がある」
彼女は次々と料理を平らげ、そのたびに新たな驚きを味わっていた。
すべてを堪能したルシアは、ダンジョンの入り口を振り返りながら静かに呟いた。
「潰すには惜しすぎるダンジョン……こんな魅力的な場所、壊すなんて馬鹿げているわ」
彼女は微笑みを浮かべながら翼を広げ、人間の姿のままドラゴンダンジョンへの帰路についた。
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