時間を名乗る天使について
吉野茉莉
初日
身体の半分ほどの大きさもあるスーツケースを引きずる。
一歩一歩進むたびにキャスターから振動が伝わる。バスを降りてから長い長い坂道を登っていた。向こうから呼びつけたくせに車の一つもよこさないのか、という思いはあったが、他に行くところもないし、一週間の滞在だというので応じることにしたのだった。
道の突き当たりに建物がある。
敷地に入る門の左右にはコンクリートの塀がある。人が飛び越えられるような高さではないが、この門自体が開きっぱなしになっているようで、逃げ出すことができない、というわけでもなさそうだった。
逃げ出す、か。
そんな建物に自分から行くなんてと思いながら、門を抜け、建物の正面に立つ。建物は二階建てで、灰色のコンクリートで造られていた。最低限の機能を表現した、という感じだった。建てられてからそれなりの年月が経っているだろう、壁を補修している跡も見えた。
建物の入り口に立ち、建設当初にはめ込まれたであろうプレートで名前を確認する。間違いはない。
それからドアを開けて左手にあった受付を見る。白い服を着た女性がいた。
名前を告げると、彼女は一度頷き、書類に名前を記入するように促した。記入が終わると、彼女は一度左に曲がり、それから右へ、そして一番奥の部屋に行くように言った。言われるがまま奥へと進んでいく。
通路の左側の窓からは庭が見えた。庭は芝生が敷き詰められているようで手入れは十分にされているようだった。建物と同じくらいの広さがある。中央に大きな木が植えられている。数人が散歩をしているようだった。
奥の部屋に辿りつき、ノックをする。返事があり、ドアを開ける。丸椅子に座っていた受付と同じ白い服を着た男性が空いている椅子を手で指す。そのままその椅子に座る。
彼がどうやら名前を言ったようだったので、自分も名乗った。
彼はここでの生活を一通り説明して、小冊子を渡した。小冊子には、生活のしおり、と書かれていて、詳細はこちらを読んでほしいということだった。
さしあたりの作業は明日の夕方からになるらしく、とりあえずは指定された部屋に行って休むことにする。各人の部屋は二階にあるらしい。
部屋を出て、また来た道を戻る。
もう一度窓から庭を見る。
庭の中央にある木の下には白いベンチが置かれている。
そこに白い服を来た人間が腰をかけていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます