第10話 新天地

 エドゥアルトに出された紙を眺めながら、アリーセがぽつりと呟く。


「『エイデシュテット孤児院』……?」


 そこには王都東部の地図と、初めて聞く孤児院の名前が記されていた。


「紛争の終結時に、戦で孤児となった子供たちを保護して連れてきたんだ。今は公爵家で買い取った空き家を孤児院にして子供たちを住まわせている」


 思いもかけなかった話に、アリーセは目を丸くした。エドゥアルトが子供たちのために孤児院を作っていたなんて知らなかった。


「……素晴らしいことだわ。でも職員は足りているの?」

「院長と他数名は決まったが、あとはまだ募集をかけたり、近隣の人たちに手伝ってもらっている」

「そうなのね、早く見つかるといいわね」


 エドゥアルトの奉仕精神と行動力には感心してしまう。自ら孤児院を設立するなんて、自分にはとてもできないことだ。


(でも、私に提案したいことって何かしら?)


 先ほど彼はそんなことを言っていた。もしや寄付のことだろうか。もちろん子供たちのためにできるだけのことをしたいと思うが、実家を出た今、侯爵家の財産を勝手に使うことはできないし、立場のあやふやな伯爵家の財産も同じだ。


「エドゥアルト、ごめんなさい。寄付のことだったら私では力になれないかもしれない。でも、そうしたい気持ちはあるから何とかして──」

「寄付? 君にそんなことを頼むつもりはない。資金は充分足りている」

「え? では提案って……」


 互いにきょとんとした顔をしていると、エドゥアルトが神妙な顔に戻って言った。


「この孤児院に移り住むつもりはないか、アリーセ?」

「孤児院に、私が……?」

「ああ、元々はたまに手伝いをするつもりはないか聞くつもりだったが、この屋敷の有り様を見て考えが変わった。本当は公爵家で暮らしてもらってもいいんだが、書類上は既婚者の君が未婚の俺と暮らすのは、君の体裁が悪くなるんじゃないかと思って……」


 エドゥアルトの提案に、アリーセは驚いた。そこまで自分のことを考えてくれていたとは想像もしていなかった。


 たしかに、もう伯爵家で暮らしていける自信がない。かと言って侯爵家に戻るのも嫌だったし、それ以外に頼れる場所も思いつかなかった。エドゥアルトが言ったとおり、公爵家の世話になるのも避けたい。


(でも、孤児院なら……)


 悩む必要などない。アリーセは即座に回答した。


「私、住み込みで孤児院のお手伝いをしたいわ。ぜひやらせてちょうだい」

「よかった。ではこれから行こう。ここにある荷物は後で運ばせる」

「ええ、ありがとう、エドゥアルト」


 それからアリーセは大事なものだけ手早く荷物にまとめ、エドゥアルトとともに馬車で孤児院へと向かったのだった。



◇◇◇



 エイデシュテッド孤児院は、王都東部にある森の手前にあり、場所柄もあって長閑な空気が漂っていた。建物自体も素朴な外観で、子供たちが落ち着いて過ごせそうだ。


「素敵な雰囲気ね」

「ありがとう。中身も伴うようにしないとな」


 ここで保護されているのは、四歳から十二歳までの子供たちが二十人ほど。アリーセに挨拶してくれてとても可愛らしかったが、みな家族を亡くしているのだと思うと胸が痛んだ。


「怪我をしている子もいるわね。お医者様にはすぐ来てもらえるのかしら」

「そこまで近所ではないから、応急処置くらいは院内でできるようにしておきたいな」

「私も少しなら心得はあるから、もっと勉強するわね」

「それは助かる」


 まだ新しくできたばかりの孤児院だ。整備が必要なこともいろいろとあるだろう。以前、奉仕に出かけた他の孤児院ではどんな様子だったろうかと思い返していると、エドゥアルトを呼ぶ院長の声が聞こえた。


「すまない、経営のことで話があるんだった」

「分かったわ。それじゃあ、私たちは子供たちに絵本でも読んでいるわ」


 子供たちの遊び場となっている部屋には、エドゥアルトが手配した真新しいおもちゃや絵本が揃っている。


(戦いの場面が出てくるお話は、きっとまた辛い出来事を思い出させてしまうわよね。親子のお話も悲しい気持ちにさせてしまうかもしれないし……)


 アリーセは悩みながら、一冊の本を選んで手に取った。友達と一緒に不思議な世界を旅するお話だ。


 部屋の真ん中に座り、全員に見えるように絵本を広げて語り始めると、子供たちはすぐに物語の世界に入り込んだ。




「──こうして、カルルとシシィは友情のかけらを取り戻し、仲直りすることができました。めでたしめでたし」


 絵本を読み終わると、みんなが「よかった!」「面白かった!」と楽しそうな声をあげてくれ、アリーセは初仕事が上手くいったと安心した──のだったが。笑顔の子供たちの中に一人、ぽろぽろと涙をこぼしている男の子がいることに気がついた。

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