第3話 助けてくれたのは

 伯爵の死から二日後。

 あれからアリーセは窓のない部屋に軟禁され、調査のため王宮から派遣された騎士たちの取り調べを受けていた。


(私は何もしていないのに。どうしてこんなことになってしまったの……)


 伯爵が本当に亡くなったと分かったときは、正直安堵した。これ以上、伯爵に触れられることはない、汚されなくて済むと思ったから。


 でも、こうして狭く暗い部屋の中に閉じ込められ、何度も騎士に問い詰められ、小姑たちから「人殺し」と責め立てられると、このまま本当に犯人にされて、処刑されてしまうのではないかと恐怖で頭がおかしくなりそうだった。


 じわりと浮かんできた涙を拭っていると、扉が乱暴に開けられて、もう顔を合わせたくない二人が部屋に入ってきた。


「大金と引き換えに嫁いできて、初夜も終わらないうちに殺すなんて恐ろしい女ね!」

「そうやって忍び泣いて、今度は騎士まで誑かそうとしてるんでしょう! とんでもない毒婦だわ!」


 小姑たちが次々と罵声を浴びせてくるが、反論する気力も湧かない。


「黙ってないで、早く罪を認めなさいよ!」

「そうやって黙秘するなら、私たちが罰してやるわ!」


 小姑が持っていた手に持っていた鞭を振り上げる。


(いや……! 叩かれる……!)


 しかし、顔に振り下ろされると思っていた鞭はやって来ず、代わりに小姑たちの悲鳴が聞こえてきた。


「い、いやぁぁっ! 何するの!?」

「やめなさい! なんて野蛮な!」

「それはこっちの台詞だ」


 恐るおそる目を開けると、背の高い騎士が鞭を持った小姑の手を捻り上げていた。騎士はそのまま小姑たちを部屋の外に連れて行くと、部下らしき人に後を任せて、再びアリーセのいる部屋に戻ってきた。


「……大丈夫か、アリーセ」


 騎士が心配そうな眼差しでアリーセを見つめる。

 アリーセは彼が誰なのかを理解すると、驚きに目を見張って問い返した。


「あなた……エドゥアルトなの? どうしてここに? 戦地にいるはずでは……」


 アリーセを助けてくれたのは、幼馴染のエドゥアルト・ブラントだった。ブラント公爵であり、黒鷹騎士団の騎士団長でもある彼は、一年前に国境付近で起きた隣国との紛争のために王都を出て戦闘中のはずだった。


 エドゥアルトが琥珀色の瞳をアリーセに向けたまま、漆黒の髪を揺らして近づいてくる。


「紛争は終わった。昨日凱旋パレードがあったのを……知っているはずないか」


 エドゥアルトの言うとおり、昨日もこの部屋に軟禁され、それどころではなかったため、紛争が終わったことも凱旋パレードがあったことも分からなかった。


「……俺も、君がこんなことになっているなんて知らなかったしな」


(こんなことと、ね……)


 それはアリーセがグランホルム伯爵と結婚したことだろうか?

 あるいは夫殺害の容疑者になっていることだろうか?

 いや、その両方だろう。


 ほんの数日前とは、何もかもが変わってしまった。それも酷く悪いほうに。


 かたや幼馴染のエドゥアルトは、紛争を立派に終結させ、英雄としてますます名を馳せたことだろう。


 この違いは何なのだろうか。

 自分だって、彼ほどではないが火の車の家計をやりくりして毎日を必死に乗り越えてきた。真面目に頑張れば、いつか報われる日が来ると信じて。


 なのに、その結果がこれだ。

 努力しても何も報われない。それどころか、地獄に叩き落とされた。


(彼の目には、私がひどく惨めで汚らわしく見えているんでしょうね) 


 そういえば、以前にもこんな気持ちにさせられたことがあった。彼が戦地に発つ前、アリーセは想いを寄せていた彼に告白するつもりだった。


(あのときは、彼も私のことを好きだと思っていたのよね……。馬鹿な思い違いだったけれど)


 エドゥアルトは自分を特別扱いしてくれていると思っていた。たまに目を逸らす仕草や、口元を押さえる仕草も、アリーセに照れているのだと思っていた。あのときまでは。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る