幕間2
嵐は起こるべくして
12月に入り、世間はすっかりとクリスマスムードである。「すこやか食堂」のある
夜の時間帯、
今夜は、珍しく夜のお料理教室の授業が無かった
赤塚さんの教室で習ったお料理を出すことが多いのだが、仕入れている食材のほとんどが、業務スーパーで販売されている下ごしらえ済みの冷凍野菜などで、仕込みがほとんど要らないのだそうだ。鶏がらスープやブイヨンなども市販品を効率良く使っている。その分お手頃価格で提供し、お酒で売り上げを伸ばしているのだとか。
作り置きのお惣菜などもあるとのことなのだが、営業しながら手早く作ってしまうのだそう。そういうのも効率なのだろう。みのりよりもぐっと長くバーを経営していて、掴んだリズムなどもあるのだと思う。
ママがひとりで暮らしているマンションは
大国町には
福娘さんに選ばれる才女はみなさんとても美しい。いただいた福笹に、鯛や米俵などの吉兆を取り付けてくれるのも福娘さんのお仕事で、その際に綺麗な笑顔を向けられるとこちらもにこにこしてしまう。みのりも大阪で商売をする者として、十日戎を逃すことはできないのである。
金運上昇の
この大国町、みのりたちが住む
もし偶然会ったとしても、みのりは事情を知らなければママと認識できないし、ママにとっては神さまからのギフトだと思うことができる。結果的に、そういった奇跡は起こらなかったらしいのだが。そもそもみのりとママとでは生活リズムが違いすぎるのだ。ママはバーのこともあって完全に夜型なのである。
ママの出勤時間は「すこやか食堂」夜営業の最中だし、ママの帰宅時間はみのりは夢の中だ。お休みの日こそ同じ日曜日だが、みのりはあまりお出かけをしない。ママも疲れを癒すために寝ていることが多いのだそうだ。
3人は並んで和やかに定食を食べている。ママは豚の生姜焼きと
沙雪さんは平目の煮付けとわさび菜のクリーム和え、蓮根のきんぴらに十穀米の小サイズ。そしてママと沙雪さんはお味噌汁、赤塚さんはお吸い物である。
「ん〜、やっぱりみのりちゃんのごはん美味しいわぁ〜。私も赤塚ちゃんに教えてもろてだいぶん上達したつもりやけど、やっぱり娘のごはんには叶わへんのよねっ! 私への愛が詰まってるぅ〜。めっちゃ元気になるんよぉ〜。特にお味噌汁はお豆腐やから、二日酔いにも効くんよねぇ〜」
お味噌やお豆腐などの大豆製品には、肝臓の働きを助けるたんぱく質が豊富に含まれているのだ。ビタミンB群も豊富で、飲み過ぎたときに不足しがちになるビタミンB1も摂取できる。
「すこやか食堂」ではお酒を出していないし、そこまで意識しているわけでは無いのだが、そもそも大豆製品には日頃から摂りたい栄養素が詰まっているのだ。
ママはバーの営業中、お客さまにお酒をごちそうになるのが常だということだった。二日酔い防止のために、営業前に漢方薬である五苓散を飲んでいるのだが、お酒の量は日によってまちまちで、たまにオーバーしてしまうらしいのだ。もちろん無理をしない様に心掛けてはいるものの、お客さまに請われては断るのも難しい。
しかもお客さまによってお酒の種類も違うので、ちゃんぽん飲みになってしまう。なので悪酔いもしやすく、長く残ってしまうこともあるそうだ。なので起き抜けのしじみのお味噌汁は必須なのだ。レトルトのものを買いだめしているとのこと。しじみエキスがたっぷりのお味噌汁は、飲兵衛さんの強い味方なのだろう。
さて、初冬のホームパーティですっかりと打ち解けたみのりとママだった。ママはバーを開ける前、時折こうして「すこやか食堂」で晩ごはんを食べる様になった。時間はその日によって違うのだが、今日は沙雪さんが来る時間帯と被り、なおかつ赤塚さんまで来たのである。
ママと沙雪さんとで赤塚さんを囲む様にカウンタ席に座り、ママは心なしかはしゃいでいる様に見えた。
「そりゃあねぇ、思いは込めてるで。美味しくなぁれ、元気になぁれって。でもママの方が私よりずっと長くお料理してるやん」
「ちゃうんよぅ、みのりちゃん。今食べてるこれは、みのりちゃんが私のためだけに作ってくれたんやもん。せやから美味しいんよぉ〜」
ママはすっかりとご機嫌である。確かにこうして身内が来ると、他のお客さまとは違う緊張感が芽生え、そして知っている人相手だから、余計に美味しくしようなんて思いが生じてしまうかも知れない。
お惣菜は作り置きだが、それでも少しでも綺麗に盛り付けたいなんて思ってしまう。こういうのを「えこひいき」と言うのだろうか。
もちろん全てのお客さまに美味しいと思って欲しくて、日々尽力しているのだが。
赤塚さんはそんな調子のママを微笑ましげに見て、「そうですよねぇ」と
「子どもとか親とか、家族が作ってくれたもんは、やっぱり格別ですよねぇ。せや、家族っちゅうたら、俺、沙雪さんと結婚することになったから」
さらりと何気無く落とされた爆弾発言に、みのりはもちろん悠ちゃんも唖然としてしまう。ママだけが「まぁっ」なんて黄色い声を上げた。
「おお、お、おめでとうございます。え、ええ、えと、おふたりはいつから」
驚いたみのりがどもりながら聞くと、赤塚さんと沙雪さんは目を見合わせる。そうしてみると、確かのふたりの間には、親密な空気が流れている様に見えた。
「結構長いかなぁ。いやな、俺も沙雪さんも結婚にこだわりは無いねん。でも俺ももう42やから、考えが古い親からもせっつかれとったんよ」
「……42!? 赤塚さん42歳やったんですか!?」
みのりはまた驚愕する。経歴を逆算して、初対面のときは30歳前後、今は33歳前後だと思っていたのだが。見た目だってとても若いのだし。悠ちゃんもびっくりした様で、あんぐりと口を開けていた。
「ああ、俺イケメンやから、若く見えんねん。俺、数年会社員やってから専門学校行ったからな」
衝撃的なことがらがぽこぽこ出てきて、みのりはすっかりと混乱してしまう。
「えええええ〜……」
そんな情けない声を上げると、赤塚さんはおかしそうに「わはは」と笑う。
「俺らんことより
「へ?」
みのりはまた目を白黒させる。みのりと悠ちゃんが? 結婚? 何のことだ。
「それはまぁ、追々と」
悠ちゃんの自然な声が隣から聞こえる。どういうことだろうか。追々?
「みのりちゃん、気ぃ付けや、柏木、下手したらストーカーになる気質しとるから」
沙雪さんにもそんなことを言われ、みのりはまた困惑する。
「あかんよ! みのりちゃんはまだあげへんよ!」
ママまでそんなことを言うので、場はますますカオスになる。みのりは戸惑いっぱなしだ。
「まぁまぁ、ママさん」
「せやから! あんたにママ呼ばわりされる筋合いあれへん!」
ママの低い怒声が響き、店内はさらに
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