第3話 心が満足するとき
ビフテキさんは、それから週に2度ほど来る様になった。もちろんメインはいつもビーフステーキだ。焼き加減はミディアムレア。
日替わりのソース、今日はすり下ろした玉ねぎを使ったバスサミコソースである。玉ねぎを甘い香りがするまでオリーブオイルで炒め、赤ワインとバルサミコ酢、はちみつを加えてじっくりと煮詰めて作るとろりとしたソースだ。隠し味にお醤油を数滴落としてあげることで、日本人にも馴染みやすい味になる。
「おしゃれな味やな! 旨いわ」
ビフテキさんはそう言いながら、ステーキをもりもりと口に入れていく。ごはんはいつもと同じ白米の大、お豆腐とわかめのお味噌汁と、選んだお惣菜はかぼちゃのマヨヨーグルトサラダだった。
ねっとりとしたかぼちゃの甘みと、さっぱりとした酸味のヨーグルト、マヨネーズのコクが合わさってまろやかな風味になるのだ。
「すこやか食堂」はお客さまがご自身で定食を選ぶお店だ。なのでその内容によってお値段は変わる。副菜のお惣菜は一律のお値段にしているのだが、メインはものによって変わる。やはり鶏肉料理がお手頃で、牛肉料理が少し贅沢になる。
ダイエット中だからお米は要らないというお客さまもいるし、メインを頼まずにお惣菜を数品頼まれるお客さまもいる。メインに卵を2個使った卵焼きやオムレツがあるためか、お惣菜を頼まずにメインを2皿のお客さまだっている。
お米も白いごはんの他に発芽玄米と十穀米が選べるし、サイズも大中小とある。お味噌汁にも値付けがされていて、いらないと言うお客さまもいる。
お手頃にお腹いっぱいになりたいからと、白ごはんの大に生卵で卵かけご飯とお味噌汁のみのお客さまだっている。その自由度は高いのだ。それこそがこういう食堂の強みだと思っている。
お味噌汁の具は毎日お豆腐とわかめである。吸い口に青ねぎを散らす。春には生のわかめを使い、手に入らない季節は塩蔵わかめを使う。
これらは特に女性に良い効果をもたらす。お味噌は女性ホルモンに良い働きをするし、お豆腐には女性が
このビフテキさんは、ビーフステーキなど好きなものをお腹いっぱい食べるのはお好きな様だが、その食材が持つ栄養素などには
今日もお惣菜のおしながきを見て、かぼちゃの持つ力に驚いていた。
「へぇー、
かぼちゃはオイルと一緒に摂ることでβ−カロテンの吸収率が上がる。マヨネーズを混ぜ込んだのはそのためである。だがマヨネーズは偉大で、合わせるとぐっとお料理を食べやすくしてくれるのだ。
ビフテキさんは器用にナイフとフォーク、お箸を使い分け、定食を平らげて行く。大きめのお茶碗にふんわりとよそった白いごはんも、肉汁が滴るビーフステーキも、こんもりと盛り付けたかぼちゃのサラダもみるみる無くなって行く。そして最後にお味噌汁を掻き込む様に飲み干して。
「はぁ〜」
心地良さげに息を吐いた。その顔が満足げに綻んでいる。
「旨かった! ごっそさん!」
「ありがとうございます」
ああ、この瞬間が本当に幸せだ。みのりは緩む顔を止められない。決して手抜きなんてしない。まだまだ道半ばであっても、そのときの自分のできることを最大限にやっている。だから「旨い」「美味しい」は、みのりにこの上ない喜びをくれるのだ。
仕込みを始めるとき、みのりはまず寸胴鍋にお水を張り、昆布をたっぷりと沈める。最低30分置いて昆布の旨味を最大限引き出してやる。そうして火に掛けて、沸く寸前に火を止めてたっぷりの削り節を入れる。じわじわと沈んでいくたびに、その旨味がじっくりと溶け出して行く。
いちばん出汁。最高の旨味ができあがる。和食、日本料理の肝となるお出汁。その香りが
そうしてみのりの心はふんわりと満たされるのだ。
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