第4話 赤塚さんのお城
「とりあえずお礼送っとこ。卒業したら見学に行きますって」
みのりはスマートフォンのメッセージアプリに戻り、手早く文字を打ち込んだ。さっと
「みのり、その見学、俺も行くわ」
「平日やし、悠ちゃんお仕事あるやろ?」
「有休あるから大丈夫や。なんや心配やわこれ」
「そうやろか」
みのりはピンとこないが、悠ちゃんに引っかかるところがあるのなら、みのりには分からない何かを感じたのかも知れない。基本は専門学校の紹介だから信用してはいるのだが。
「行くときには絶対に言うてや」
「うん、分かった」
そのとき赤塚さんと初めて会うことになるのだろうし、しかも相手は男性だ。悠ちゃんが一緒だと心強いかも知れない。みのりは小さく頷いた。
卒業制作は日本料理で無事乗り越えた。日本料理だと、創作の懐石料理を作ることになる。創作と言っても基本は大事で、それを大きく逸脱してはならない。しかしオリジナリティも重要と言う、何とも難しいものだ。当然味や見た目も重要である。
そうして、専門学校の卒業に漕ぎ着けた。体調を見ながら、どうにかあまり周りに迷惑を掛けずにここまで来れた。感無量だ。卒業と同時に調理師免許も取得でき、本当に胸を撫で下ろした。
数日お休みをもらって、4月になり、みのりはまず、アルバイト先を探すことにする。短時間でもお料理に
夕方からだと学生さんの需要があると思うので、みのりは開店準備からを狙う。そうして決まったのは、あべのハルカスに入っている日本料理レストランの厨房だった。
大阪メトロやJRなどが乗り入れている
全国2位になってしまったときには、みのりは大阪人として少し悔しい気持ちが沸き上がったものだった。
あべのハルカスは基本不定休なので、それ以外は営業日で土日祝など関係無い。むしろ書き入れ時である。
なのでみのりの休日も自然と平日になる。週休2日、火曜日と木曜日だ。なのでお休みの日を利用して、赤塚さんのお料理教室の見学をさせてもらうことにした。
今日も晩ごはんを食べに来ていた悠ちゃんに言うと、悠ちゃんは「分かった」と快く頷いてくれる。
「いつ行くん?」
「まだ決めてへんねん。赤塚さんに連絡したら、教室やってる平日やったらいつ来てくれてもええでって言うてくれてはるんやけど」
「僕はいつでも休めるで」
「そうなん?」
「うん。せやから好きな日決めたって」
「うん、ありがとう」
みのりが微笑むと、悠ちゃんもゆったりとした笑みを浮かべる。安心すると同時に、もしかしたら自分はそんなに頼りないのだろうかと不安になる。すると。
「お母さんも行こか?」
お母さんまでそんなことを言うものだから、みのりは大いに慌ててしまう。
「大丈夫やって。ほんまやったらひとりで行かなあかんのに」
お母さんはみのりの貧血のこともあるからか、少し過保護な傾向がある。確かにみのりは就職をしなかった。だが少しでも自立をして、両親に恩返しをしたいと思っている。経済的にも独立はまだ難しいだろうが。
もう年齢的には成人しているが、ちゃんと大人になったと言い難いところがある。それが情けないと思う。
無理が利かない身体とはいえ、それでも日々少しでも限界を更新することを目指して、アルバイトも頑張りたいのだ。
翌週の木曜日、赤塚さんのお料理教室の見学をお願いした。悠ちゃんも有給休暇を取ってくれて、ふたりで教室のある
天気の良い、4月の中旬だった。すっかりと春めいていて、心がわくわくしてしまう。桜はそろそろ葉桜に移り変わるだろう。バラはそろそろ蕾を付けるだろうか。
本町は大阪メトロ
なので、
御堂筋線は梅田駅、四つ橋線は西梅田駅に北上する。御堂筋線の一部は御堂筋の下、四つ橋線の一部は四つ橋筋の下を通っている。御堂筋は梅田から南下する一方通行の道路、逆に四つ橋筋は梅田へと北上する一方通行の道路なのだ。双方とも大阪市の中心地を南北に横断する4車線の大きな道路である。
四つ橋線の本町駅を降り、改札を出て地上に出ると、大きな道路が2路線交差していた。北に向けて一方通行の道路が四つ橋筋である。
赤塚さんのお料理教室があるのは、四つ橋筋を少し北に行って、脇道を入ったところにあるこぢんまりとしたビルの1室だった。3階建てで、茶色いタイル張りの壁はほんのりと
1階部分はグレイのシャッターが下まで降りていて、お店なのかどうかも分からない。お料理教室は2階部分だった。
ビルの右側にある小さな入り口から中に入ると奥に階段、手前に小さなエレベータがあったので、みのりたちはエレベータを使う。2階にはあっという間に着いて、ドアが開くと正面にガラス張りのまだ新しいドアがあった。
そっと中を覗いてみると、アイランド型の大きなキッチンが1台と家庭用の大型冷蔵庫、シンプルなダイニングセットが見えた。人影は無い。スマートフォンの時計を見ると、約束の時間、13時50分の5分前だった。少し早かっただろうか。だがみのりがドアの取っ手に手を伸ばすと、あっさりと回った。
そっと押してみると、中から鶏がらスープの香りがふわりと漂って来る。よく見るとキッチンの三口コンロのひとつに寸胴鍋があって、火に掛けられていた。
「す、すいませーん、常盤ですー。赤塚さん、いらっしゃいますかー?」
中には入らず声を掛ける。すると奥のベージュのドアが開き、黒のコックコートを着た
「あ、
今度は中国語? イタリア好きなわけでは無いのか? みのりは思わずきょとんとしてしまう。が、すぐに我に返ってぺこりと頭を下げた。
「こんにちは、常盤です。今日はどうぞよろしくお願いします」
「こっちこそよろしくな。そっちの男の人は?」
悠ちゃんはみのりの後ろにいてくれていた。
「
すると赤塚さんは「ほぅ」と目をぱちくりさせ、だがすぐににっと人懐っこい笑みを浮かべた。
「柏木くんな。よろしく〜。まま、入ってや」
赤塚さんに促されて中に入ると、さらに濃厚な鶏がらスープの香りに包まれた。
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