妻との関係維持に向けた元カノ殺害に関する不倫相手との連携協働についての申し合わせ

ニル

不倫関係

「じゃあさ、元カノ殺しちゃう?」


 土曜の夜。後藤ごとう凌矢りょうやがそう持ちかけられたのは、大手ビジネスホテルのダブルルームにて。ちょうど真っ最中のこと。つまり昂揚と焦れったさと一抹の背徳感その他全ての情動が快楽に置き換わるような、そんな時であった。凌矢に跨がり同じように快楽を貪るショートボブの女、川畑かわばた真澄ますみがベッド脇のスタンドライトのほの灯に濡れる体をくねらせて、愉快げに口を歪ませた。


「なん————えっ」

 のぼせた脳みそで胡乱に問い返せば、真澄は小馬鹿にするように笑みを深くして、

「ね、イイでしょほら。ヤっちゃおうよ」

 凌矢好みのネロリの香りが、グレージュの髪の激しく揺れるのに合わせて滴る。凌矢の思考を鈍らせる。


 真澄がそんなことを言い出したのは、セックスの前、ホテル近くのバーで飲んでいた際の、凌矢の愚痴が原因だろう。

「俺たちの関係が元カノにバレてる」

 元カノとは、凌矢の勤める某銀行A支部行員、岸辺霧緒のことである。凌矢が採用五年目の頃にA支部へと配属された折に知り合い、三年ほど交際し、そして別れた。霧緒は粘着質かつ神経質なタチであった。ひどい喧嘩別れをしたためか、凌矢が本社異動となり顔を合わせなくなった今でも、彼女の周りに交際当時の嫌な思い出を言いふらしたり、SNSで凌矢のことと思しき誹謗中傷を投稿したりしているとも聞く。


「アイツ、探偵でも頼んだのか、俺たちの写真を何十枚もDMしてきてさ。妻と会社に送りつけられたくなかったら、離婚して、真澄とも縁を切れって言うんだよ。脅迫だ」

「警察に相談しなよ」

「そうしたら、結局お前のことを妻に知られることになる。離婚はごめんだ」

「バチが当たったね。不倫なんかするからよ」

 当の不倫相手が言うことではないが、真澄は何一つ気にしていないようにけらけら笑った。遊び相手の修羅場なんぞ、どうでもいいと思っているのだろう。相手にされていないことに腹が立たないでもないが、それを認めるのもまた腹が立つ。凌矢は苛立ちと焦燥をウイスキーでごまかし、さっさとこの女と会った目的を果たしてしまおうと会計を済ませた。


 そんなやりとりがあったのが約二時間前。ベッドの縁に腰掛け、加熱式タバコで一服する凌矢は、全裸のまま冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出す真澄の背に、「さっきのだけど」と切り出した。

「本気じゃないよな」

 普通なら本気にしないが、何せ相手は川畑真澄だ。

「なわけないでしょ」

 真澄はにたりと目を細めた。

「ジャマな虫を払うだけじゃん」

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