素顔のままで

yatacrow

素顔のままで

 てっかり晴れた青い空、東西のド真ん中のポジションからじりじりと照りつける太陽が鬱陶しい。


 ミンミンジンジンと夏を象徴するセミの声。7日といわず、土から出る直前で虫生を終えてほしいと切に願う。


「まじで……暑い」


 世界中がウイルスのパンデモニウムになって5年。春夏秋冬、屋外、屋内問わずマスク生活が続いている。


 素顔を知らない子どもたちも増えてきて、マスク外すと下着外すが同義になりつつある昨今。


「暑いものは……暑いんだよなぁ」


 安物の大量購入マスクを先を引っ張って、口元に空気を入れる。少しだけの開放感で涼しい。


「チッ!」


 すれ違いざまに、おっさんに舌打ちされた。どうせ俺がもし感染者だったら、隙間からのウイルスがーとか思ってるんだろう。


 あのおっさんの態度で周囲に意識が向いたせいか、なんだか他の通行人の皆様も俺を見る目が冷たく感じる。


 なんだよ、こっち見るなよ! ……それにしても最近のパンピーの方々はしっかりしたマスクを着けてるな。鼻筋から顎下までぴっちりと隙間がない。


 どうやって呼吸してんのか、苦しくないのか、というか……というか――


「ここはどこだよ……」


 そうだよ、俺はバイト終わりのに自宅に向かって歩いていたんだ。こんな昼日中の時間帯じゃなかったぞ。


 俺は疲れている。うん、それは認める。


 バイトはキツかった。昨晩の深夜から休憩なしのぶっ続けの作業、時給も低いせいで精神的にも不毛感でいっぱいだ。


 へろへろと街中を歩き、夕陽が眩しいメインストリートの四つ角。


 横断歩道で信号待ちをしてた。


 信号が青になる。一歩踏み出した。今ここ。


「あいえええ!?」


 なんで? なんでなんで? いや、そんなに白い目で見るなよ、コッチはそれどころじゃないんだよ。ちょっと壁際に移動して沈思黙考。


 ……風景が似すぎてて気づかなかったが、この世界は俺のいた世界と違う。


 まず時間軸は違う。街並みもなんというか近代的……いや未来的?


「て、鉄のイノシシが空を飛んでおるぞお! あ、叫んですみません……」


 いやね、ジャパニーズSAMURAIの俺としては空とんでる時点で未来なのよ。


 もしや猫型ロボットが歴史改変していくSFアニメの世界なのか? んんん? 待て、道行く異世界人のお方々よ。


「破廉恥よぉ!」


 思わず声がファルセッちゃったよ、おい!


 顔半分はぴっちりマスク。顔から下は薄着。男はランニングシャツ (に見えるツルツル高そうな布地)に、ブーメランもんごりパンツ、黒い革靴の見るに不快な出で立ち。


 さっき舌打ちされたが、むしろ俺が舌打ちしたいレベルにド変態スタイルだ。


 そして女たち。マスクはきっちり着用してるものの、ニップレス。巨山、頭文字D、手に余り、手のひら、手探りドコ!? と、お胸のサイズは関係なく、そして何らかハプニングエロ動画の撮影クルーがいるわけでもなく、全員がニップレス! へそにバッテン絆創膏、ふんどし締めて、赤いピンヒール。


 みんなソレが当たり前という顔をしながら歩いている。いや――――


「タレ乳の先っちょニップレスの婆さんだけなぜか頬染めててムカつくな……」


 なんだこの世界。顔半分と的だけ隠した格好で恥ずかしくないのか? ノースリーブの隙間からのブラちら、斜めに胸を突っ切るパイスラッシュ、ミニスカートやスリットからの太ももがないのかッ!!


「この世界には侘びも寂びもない」


 人は秘密の数だけ魅力があるのだ。


 こんなほぼすっぽんぽーんのオープンすぎる世界、老若男女のほぼ裸体が視界に入るこんな世界は嫌すぎる。


 ……こいつら見てたら俺が厚着すぎて、余計に暑く感じる。ていうか顔が暑い、マスク取りたい! が、これだけの薄着のなか、なぜゆえにマスクをしているのか?


「――す、すみません! いや、すみません、えーと、やっぱりコルォナウイルスが流行っているのでしょうか?」


 頬染め婆さんの歩みは遅い。たぶん巣鴨的なお参りの帰りとかで暇だろう。と勝手な推測をしつつ、元の世界で流行していたウイルス名を尋ねてみた。


 これだけオープンなファッションなのに、不自然すぎるマスク。たぶん近未来的な理由で、呼吸困難にはならないであろうマスクにこだわる異世界人。


 ウイルスの蔓延を疑わざるを得ない。


「……ほえ?」


「えーと、ウイルスって単語じゃないのか? 言葉は通じるみたいだが……」


「お兄さん、こんなに良い天気なのに、冬の格好なんてしてるから頭がゆだってるんじゃないかい? 今は夏だよ」


 やだよ、あたしより先にボケてるなんて世も末だよって、呟きも聞こえてるぞ! いや、ハンカチで汗を拭う感じで、タレ乳房で首元の汗を取るなよ。


「あ、ああ、そうですね。夏でしたわー。ははは」


 乾いた笑いしか出ない。


「今って病気とか流行ってます? こう屋内で会話したり、物を触ると熱や咳が出たり」


「病気? いや、そういう流行り病は冬が相場だよ。まあ、今はお医者さんの腕も上がってるし、そういう流行り病は予防接種でほとんどかからないし、かかってもすぐ治るよ。あたしらもずいぶんと長生きさせてもろうてます」


 ありがたや、ありがたやぁと拝んでいるけど、明後日の方向は巣鴨的な聖地なのだろう。


「お婆さん、ありがとう。もっと長生きしてね」


 とりあえず聞こえているかもわからんが、振り子のように前後するタレ乳を見るのも辛いので、挨拶してさらばする。


 とりあえず大丈夫そうだけど、人の流れに乗って商店街とか駅とか中心地に向かってみよう。


『わしゃ、まだまだ若いもんには負けんッ!』みたいなお年寄りの強がりというのは恐い。セカンドオプション? セカンドオパピニオン? ……んー、要はもう少し情報を集めたいのだ。


 スイーッと、スケボーで追い越していく若者たち。夜中にジャジャジャラーッジャッ! バンッ! みたいなおウンコやかましい騒音もない新型スケボー。原チャリらしき二輪車も〝輪〟がない静かで、環境にも良さげな世界。


 なんて、元の世界との違いを把握しながら商店街に到着した。


 どこかで聞いたことのある音楽。わいわいがやがやたと活気のある。この辺りはどこの世界も変わらないのかもしれないな。


 なんて、異世界旅行を楽しみ始めたところ。


『――我が国の健康寿命もついに大国アメーリアに追いつきました。超絶高齢社会でご老人方の現役就労率も120%を…………』


「すげえ、テレビの画面だけ浮いてる……」


 家電量販店と思しき店舗には、映像だけを宙に表示する謎テレビがずらり。ちょうどニュースのお時間らしく、我が国は健康らしいと誇らしげにマスクを着けたニュースキャスターが話している。


 さっきの婆さんは現役オフィスレディだったのだろうか。なんて疑問が湧いてきたので首をぶんぶんしておいた。


 元の世界よりも文明は発達している世界、知識チートなんて使えそうにないとなると、俺はどうやって生きていこうか。……というか、さすがに顔が限界だ。


 安物マスクの通気性を甘く見ていた。暑い、暑い、熱い、熱い――


「あづぅぅいぃ!! んっはー! あー、最高に涼しいぜぃ!!」


 ウイルスなし――あってもいい! マスクを引っ張っての涼とかじゃ足りない! マスクモード解除ォ!!


 あー、涼しい。幸せ。


 ん? なんか周囲の視線が変? お前らの変な格好は見慣れたけど、俺の格好は季節はずれだから? にしてはなぜか怯えているな。


「……あの?」


 後ずさらないでお姉さんッ!


「――――ッッ!? きゃあぁぁああああ!」

「うわっ!」


 えっ? ちょっと?


「ねー、お母さん、あの人」

「見ちゃダメ! ……こんな昼間から治安が良くないわね。旦那の稼ぎのせいで、こんなとこ」


 子どもに見せられない顔とでも!? というか見知らぬ旦那さんが被弾してしまったけど、この国の東京レベルはもっとすごいのかも? いや、というか何この騒ぎは……。


「君、ちょっと署までいいかな?」


「え?」


 肩ポンされて、振り向けば。


 変態ファッションに加えて、帽子とその上のチョンマゲ風銃器――照準は俺ェ! でしか見分けられないけど、たぶん、おそらく、信じがたいけど……この国の官憲さんのようだ。二人組らしく、現行犯だの公然のなんとかと話しておられる。


「え、いや、あの俺、実はこの世界に突然迷い込んだというか。怪しいと思いますけど、怪しいヤツじゃないんですぅ!」


「はいはい、そうだね。みんな怪しくないよね。うん、じゃ行こうか?」


「いやいや不審者あるあるじゃなくて! おい、後ろのやつ生あたたかい目で見るな!」


「おい、暴れるなら容赦せんぞ!」

「確保ッ!」


「んがぁー! 痛ぇ! やめろ、やめろ、直肌が暑っ苦しいぃ! アッアッー!」


 ──── ──── ── ─


『イブニングニュースのお時間です』


 宙に七三分けにメガネ、ネクタイを着けたニュースキャスターがニュースを読み始めた。姿勢の良いせいか、机のラインでニップレスが見え隠れしている。


『えー、今日の昼過ぎ、観光地で賑わう巣鶏商店街で……クチビ――ごほっ! し、失礼しました。突然局部を出し、訳の分からないことを喚く自称無職の男性が現行犯逮捕されました。コルォナウイルス時代の末期の時代からタイムスリップしてしたような……今では考えられない暴挙が行われ、商店街はしばらく騒然とした空気が漂っていたようです』


 一瞬の不適切発言のせいか、インカムを押さえながら頭を下げるニュースキャスター。


『そんな前時代的な人、まだいたんですね! やだぁ、もう』

 

 俺の映像――口元モザイク付を指の隙間からじっと見ているおばさんコメンテーターが、くねくねとしているのが映る。


『あの時代ですか。マスク着用が当たり前となって、それから若者世代を中心にマスクが下着と同じような認識を持たれるようになり、最後はその若者世代が政治に参加するようになったのは何十年も昔のことですよ。今じゃ、公共の場所でのマスク着用は条例どころか法律で義務付けられてるってのに!』


 グラサンのおっさんコメンテーターが早口で喋る。


『超絶高齢社会への新たな挑戦、なんでしょうか。はい、それでは次のニュースです――』


 とりあえず適当にまとめとけ的な意図の伝わる締めで、俺の話題は終わった。


 俺はその映像を、カツ丼食いながら眺めている。パーマをかける機械のような大きさのフルフェイスヘルメットをかぶらされ、口元が見えないように注意をされながら食うカツ丼。


「うま……」


 住所不定無職、精神鑑定必須の軽犯罪者として、俺はこの世界に迷い込んだらしい。もしかしたら未来にタイムスリップしているのかもしれない。


 もしも元の世界に戻れたなら……。


 子ども達に、マスクを外すことは恥ずかしいことではないんだ、と教えていきたい。――教師でもないけども。


―― fin ――



―――――――――――――


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