十六、直彦の思惑外れ
優香はもう、魅了されている。
蘆名(あしな)直彦はそう思った。
なぜなら、明らかに迷宮に与しているユカを、本気で庇っている様子だったからだ。
あの広い部屋で窮地に立たされていたというのに、手助けひとつしなかったあの少女を。何かに憑りつかれているあの少女を。
直彦は、屋敷の中では随分と狭く質素な部屋のベッドで、浅く腰掛けていた。降って湧いた災難のせいで、疲労感に襲われながら思案している。
ユカを危険だと察しているはずの優香と、共闘する予定が外れてしまったから。
止めは自分が刺す。そこまでの流れの中に、ユカを完全に油断させる必要があった。本気で優香に懐いているのかは定かでないにしても、いくらかは警戒を解いている素振りがあったのだ。だから直彦は、優香に魅了されてくれるなと、忠告しに行ったのだ。
「まさか半日程度で、あそこまで掛かってしまうとはなぁ」
ユカを倒すと言った時の優香の拒否反応は、本気でありえないと思ってのことだ。
つまり、一ミリも協力を仰げない。
「……困ったな」
ユカの力量は、年齢を考えればそこまで強いとは思えない。けれど、従えている龍が問題だ。
直彦はずっと、あの白い龍を見た時から恐れていた。
迷宮内で、注意を向けるために声を出してからの攻撃とはいえ、渾身の初撃を容易く防がれるとは思ってもみなかったのだ。
それだけ頼りにしていた技であったし、これまでの迷宮探索で、完全に防がれたことなどなかったから。
むしろ、一撃で屠るのが通常であって、そこに至らずとも致命傷を与えていた。
それが、全く届きさえしない、強力なサイコキネシスを放っていた。
しかも溜めを必要としない凶悪な火炎攻撃を撃つ。龍種はブレス攻撃をする時、少なからず溜めを必要とする。ゆえに、火炎の範囲さえ見誤らなければ、回避するのは難しくない。
だが、あの白い龍の火炎は、まさに唐突だった。
龍の上に乗っていたユカが、「シロ。炎」と言ったお陰で避けられたに過ぎない。
もしも直撃していたら一瞬で炭化していただろうし、掠めただけでもミディアムくらいに火が通ってしまっただろう。
あの戦況で無事だったのは、単純に、あれをユカが操っていたから。
あれが自由に、しかも思いきり暴れたりしたら……巨体にすり潰されるか、所かまわず放つ火炎に炭にされたか。とにかく一瞬で命を失っていた。
それが直彦の分析だった。
「倒せる気がしないな。僕の切り札を切ったとしても……あの念動を突破出来るだろうか」
それほどの脅威だからこそ、白い龍を操るユカを、どうにかしておきたかったのだ。
「味方に引き込もうにも、先に優香を取られてしまったか」
そう、魅了という能力を読み違えていた。
じっくり時間をかけて精神を浸潤させていくのか、瞬間的に操れるほどなのか、見定めるしかないと直彦は考えていた。
ただ、瞬間的に操れるならば、もはやここに二人を連れて来るような事にはなっていない。迷宮のあの部屋の時点で、優香はもっとおかしな言動をしていたはずだからだ。
だから、魅了が掛かるには時間が必要なのだと考えた。
しかしながら結果は、半日程度で心を奪われてしまっていた。
「完全に読み違えた」
暗殺するには、もしも地上に龍を呼び出されたらと思うと、手出し出来ない。
つまるところ、一撃でユカを殺すのは、難しいと判断しているのだった。
龍を呼び出すまでに、少しでも時間が掛かるなら、というのは賭けに過ぎない。
「僕の切り札も、一秒も掛からないしな」
龍を瞬時に呼び出されると、屋敷どころか地上の全てを危険に晒してしまう。辺り一帯の壊滅で済むのかさえあやしいほどなのだ、あれは。
結局は、早々に詰んだ状態というわけだった。直彦には、これ以上の打開策が無い。新しく思い付くまでは。
「仕方が無い。あの二人の様子を見つつ、ご機嫌を取っておこう」
もしも、ユカが本気で優香を気に入り、心から大切にしていそうならば……。
直彦は、優香を人質に取る手段さえ、策に入れるつもりでいる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます