十二、第二覚醒

 

 ユカの中の誰か、もしくは別人格が、龍を消してから一時間。

 一時間も戦い続けている。


 魔力は何度も尽きかけ、サイコキネシスの使い過ぎで脳が破裂しそうだ。実際、頭はズキズキと痛んでいるし、魔力切れの症状で何度も意識が飛びそうだった。

 でも、辛うじて繋いでいる。

 何か、繋がりつつある。


 天の理が何かは、私にはやっぱり分からない。だけど力は、サイコキネシスは維持出来ているし、何なら強度が増している。

 星の力も、感じ取れているとは思えない。だけど魔力も、尽きる寸前で回復出来ている。


「……疲労だけは、どうにもならないけど」


 集中が切れそうだ。

 なにせ、全方位に数千を超える魔物が居るのだ。浮いているアドバンテージがあるとはいえ、四方八方から飛び掛かられる恐怖は神経を擦り減らす。


 唯一飛行しているグリフォンは、様子を見ているのか襲ってはこない。虎っぽい魔物も同じ。

 それが逆に不気味ではあるけど。


 翼を広げたグリフォンは圧巻の大きさで、遠くの壁際に居るのに、存在感だけならすぐそこに居るのではと思うほど。虎も同じ。しかも、虎はグリフォンよりさらに大きい。この巨大な部屋にひしめく魔物たちの中で、一番の大きさだろう。片足、それも前足一本が、おそらく私と同じくらいなのだから。


 だけどやっぱりそれ以前に、魔物の圧倒的な数が問題だ。

「倒しても倒しても、減らないわ」

「泣き言か? 諦めるならそれでも良いぞ。貴様はそれまでということ」

 ユカの顔なのに、その古めかしい話し方と尊大な態度のせいで、本当に別人に思える。しかも綺麗な高い声だったのに、低くて可愛げが無い。


「その顔で、出て来ないで。自分の体でこっちに来なさいよ。ユカはそんなんじゃない」

「フッ。まだ余裕があるではないか」

 ――そんなもの、あるものか。


 あと、半分くらいだろうか。それとも、まだ全然倒せていない?

 火炎の壁も、それを水平に撃ち出す火炎放射も、同時に出せるようになった。何ならしばらくの間、全方位を火炎地獄にすることも出来る。そのくらい私はパワーアップした。

 でも、減らない。魔物はもしかしたら、まだ無尽蔵に湧き続けているのかもしれない。


「もう……無理ぃ」

 魔力は尽きなくても、心は折れる。

 火炎地獄は強いけど、視界が悪くなるというデメリットもあるし。


 厄介なことに狼男の跳躍力は、私が出せる火炎の範囲外からでも跳んでくる。それを防ぐために、サイコキネシスで壁を作り弾く。そのひと手間が、ズシンと脳に響くのだ。


 私のキャパシティの問題かもしれない。

 ハイスペックのパソコンみたいに、高性能CPUのオクタコアが入っていないから……。

「なんで、私の脳はひとつなの」

 シングルコアでは、限界が早いじゃないか。


「何を言っている? ついぞおかしくなったか?」

「うるさい……。脳が限界なのよ」

「ハッハッハ。貴様、並列処理が苦手なようだな。どれ、特別に少し教えてやろう」

 彼女がそう言った瞬間、私の体は、私の言うことを聞かなくなった。


「例えばこう。右手には咄嗟の時の天の理。左手には星の力。この身を浮かせる天の理は、腰に担わせるのだ。そうして足には、手と同じく星の力と天の理を急場で使わせる。さすれば、鈍い貴様であっても五つを同時に扱えようが」

 勝手に私を操作されている。私の体、私の声で。


「やめてよ!」

 そう言った時には、彼女はユカの体に戻っていたらしい。

「せっかく教えてやったのに。甲斐の無い奴だな」

 その顔は不服と言うよりも、からかい甲斐があると言って、いたずらな笑みを浮かべているように見えた。


 ただ、悔しい事に、明らかに楽になった。

 脳がクリアになって、痛みも重みも消えた。

 体も軽い。

 まるで、物凄く強くなったような、そんな気になれる。


「……戦い易くなった。ありがとう」

 実際、魔物が飛び掛かってきても、もぐら叩きを遊ぶような感覚で叩き落とせる。これまではその一回一回が命懸けで、その都度、過剰な力を使っていたけれど。

 ――そう。だからこそ余計に疲れていた。

 でもこれなら、疲れずにもっと長く戦える。


「良い動きになったな。余のお陰で」

「もう! 邪魔しに寄って来ないで!」

 ユカは無邪気だけど、この人はちょっと残念な自己顕示欲がある。

 その分、敵意はないような気もするけれど。厄介なことに変わりはない。



  **



 あれから、また一時間ほどが過ぎた。

 魔物のほとんどを焼き殺した。


 残すはあと二匹と言ってしまっても、いいだろう。なにせ、人間を見たら即座に襲い掛かってくるはずの魔物たちが、部屋の壁にぴたりと張り付いて向かって来ないのだ。流石に見ていて学習したのだろう。私に近付けば、焼け死ぬことになると。


 けど、あの二匹は違う。

 ようやく出番が来たかと、そう言う風体でゆらりと、距離を詰めてきた。

 中空を舞うグリフォンは、私の左手方向に。巨大な虎は右手方向に。


 そして、私を挟んだ一直線に位置した瞬間――。

 右からのありえない衝撃と、左からの凍てつく冷気と氷が同時に飛んで来た。

 それはもう本当に、本能的に逃げたに過ぎない。

 浮いていた場から即座に動き、なんとか、辛うじて直撃を避けた。


「いッ……。痛い……?」

 左腕の一部が服ごと凍りつき、右前腕には、深そうな傷がある。それを見ている内に、見る見る血が出て袖を赤黒く染めていく。袖に重みを感じるほどに。


 ――攻撃を受けてしまった。

 しかもたぶん、深手だ。

 これまでは、サイコキネシスで直撃は受けなかったというのに。私にとっての、頼みの防壁を貫通されたのだ。


「さすがに苦戦するか? それとも、ここで死ぬるか」

「うるさい!」

 声だけを残して、彼女は私から離れた。

 高みからの見物と、嘲笑。


 それよりも、この二匹をどうにかしないと。

 動きの悪い左手で、右の傷を押さえて止血を試みるも、そうさせてはくれない気配がびしびしと肌に刺さる。

 殺気の強さが、死を予感させる。

 逃れられない。

 ――この二匹の方が、私より強い。


「どうしよう……」

 しかも私の射程の、遥かに外から一瞬でこの有り様だ。

 その威力はケタ違い。


 ――死ぬ。

 やっぱり、この二匹には敵わない。


「おい。気を入れねば次で死ぬぞ?」

 その声に救われたらしい。

 今度は背中と腰に衝撃を受けつつも、一命は取り留めた。

 ……この場合、取り留めてはいないけど。状況は全く、助かったわけではないから。


「もう、無理よ。こんなの勝てない。敵わない……」

 もはや浮くことも出来ず、いつの間にか地面にへたり込んでいた。

 腰と背中から、激痛という信号が届いている。ズッキズッキと、鼓動に合わせたようなリズムで。


 普通の痛みじゃない。たぶん、骨盤と、あばら骨に届くような傷に違いない。

 ――寒い。もう、一歩も動けない。


「なんだ。ここで貴様は終わるのか」

「……しるもんか」

 最後の強がり。


 でも間違いなく、終わりだと思う。

 血がたくさん出ていると思う。

 体が震えて、寒い。

 意識も、このまま消えてしまう――。



「生きたいと強く願え! 無谷なしたに優香!」

 ――なおひこの、声?


「何と、この空間に入ってくるとは」

伊達だてに迷宮に住んでいないさ。ほら優香、こんなところで死を受け入れるな。エンゼルスキュア」


「お前の力は治癒に長けていたのか、直彦。なるほど、なるほど」

「隠し通せる状況じゃ、無かったからね」


 ――あたたかい。

 やさしい、ぬくもり。

「もう大丈夫だ。優香、立て。あの二匹を倒さないと、出られないぞ」

 相変わらずの薄汚いローブと、深く被ったフード姿だった。

 声は少し低めだ。この声だけで想像するなら、やっぱり体育会系の人だろうか。


「……なおひこが、倒して。私には……」

 無理だった。倒せるはずがない。あんな、凶悪な魔物。

 桁違いの強さなんだから。


「勝てるさ。面食らっただけだ。優香なら倒せる」

「適当……言わないで」

 そう言いながらも、私は立った。というか、なおひこに手を引かれて。

 かなり強引で、配慮よりも命令という感じの手の引き方だった。


「あいつらは魔法生物だ。生半可な魔法は通じない、というだけだ」

「言ってること、滅茶苦茶よ」

 倒すだけの攻撃力を、私は持っていない。

 そもそも先手を取られる上に、あいつらの攻撃を防げないのだから。


「もっと貫通力を高めるんだ。槍のように炎を穿(うが)て」

「そう言われても……」


「やるんだ。虎の攻撃は僕が防いでいてやる。その間にまずグリフォンを倒せ」

 その言葉が終わると同時くらいに、虎の爪を――随分と離れた距離からの重い一撃を――なおひこは刀でいなしていた。

 攻撃を受け流された巨大な虎は、意外だったのか後ろに下がる。


「君の炎で十分防げる! 受けると同時に攻撃しろ!」

 目の端に、グリフォンが冷気と氷を飛ばしてくるのが見えた。

 否応いやおうも無く火炎の壁を展開し、そして半ばやけくそで炎の槍をイメージして、飛ばした。

 だけど槍には程遠い、矢のような細い炎。


「一度で終わるな! 立て続けに撃ち続けるんだ!」

 言われるままに、かぼそい炎の矢を連続で打ち込む。

 が、火炎の壁からグリフォンは顔を覗かせ、ほくそ笑んで私を見下してみせた。

「は、腹の立つことを!」


 私の魔力では、この火炎では、グリフォンには効かないらしい。涼しい顔で、完全になめ腐っている。

「引きずり降ろしてやるぅぅ!」


 こちらにもグリフォンの冷気は届いていない。そう思ったら、なんだか強気になれた。

 思いきり射程内だったから、サイコキネシスでその首根っこを鷲掴みにしてやった。そして目一杯地面に叩き付けるまでがセット。

 何度も、何度も何度も叩き付けた。


「キァアアアアアアア!」

 さすがに怒ったのか、グリフォンも負けじと暴れ回る。鋭い嘴で齧ろうとしたり、大きな爪で引っ掻こうとしたり。のたうち、身を翻したり地面に四肢で踏ん張ろうとしたり、とにかく滅茶苦茶な動きだ。


 でも私は、力いっぱいのサイコキネシスで同じように滅茶苦茶に振り回した。そして地面に叩き付ける。

 そして、渾身の力を込めて首を絞め付けた。


「クアアアアアアオオオオオオオゥ!」

 グリフォンは目を見開き、私を睨みながら絶命――するわけではなく、氷塊を放ってきた。

「あぶなっ!」

 私も必死だ。

 同じような大きさの火炎の塊を当てて、なんとか氷塊を蒸発させた。

 意外と、魔力は拮抗している相手なのかもしれない。


「はやく……死んでよ!」

 自分の手で直接絞めていたら、続ける事は出来なかっただろう。

 凶悪な魔物であろうと、生き物の首を死ぬまで締めるなんて。

 暴れ続け、氷塊をさらに撃ってくるグリフォンに、私は火炎を浴びせた。

 サイコキネシスで締め付けているその首に、鷲の頭に、火柱がこの高い天井を焦がすくらいの。


「ごめんだけど、はやく死んでってばああぁぁぁぁ!」

 それでも尚、グリフォンは諦めずに私を睨んでいるのが分かる。

 その眼光だけは、火炎で覆い隠された顔から鋭く届いている。


 ――ほんとに、しぶとい。

 だけど、誇りとも感じるその戦い抗う姿に、尊敬に近い感情が湧いた。


「私が弱いばっかりに……苦しめて、ごめん――」

 早く楽にしてあげないと、こいつは死ねないんだ。

 かと言って、私が死ぬのも嫌。

 だから、もっと。もっと強い力じゃないと、駄目なんだ――。


「なんと、第二覚醒だと?」

 彼女の低い声は、明らかに驚嘆だった。


 でも、その意味はすぐに分かった。

 私の出している火柱から、鳥の姿をした大きな火の粉が舞っていた。それがいくつも、何羽も飛び出し、舞っている。

「現出するぞ。一度しか見られぬ。その目に焼き付けるがいい」

 彼女の声は、上ずって震えている。


 それら鳥の形をした大きな火の粉は、もう一度火柱の中に消えたかと思うと――轟々とひと際大きく燃え盛った。

 そして眩く光った後に、それは居た。

 一羽の火の鳥が、炎を纏っている。


「なに、あれ」

「貴様の守護獣だ。まさか、ひと息に第二覚醒まで進むとはなぁ」

 さっきの上ずった声といい、彼女は本気で驚いているらしかった。


「あれって、私の言うことを聞くの?」

 中空に悠々と羽ばたき、辺りを見渡しているそれは、猛禽類に見える。

 野生なら、飼い慣らせるのだろうか。などと思っていると、嘴を開いて火炎を放った。

 それはグリフォンに直撃し、ボッという短い音を立てると崩れた。崩れ落ちて、灰とわずかな火の粉を残して、やがて消えた。


「え……」

「一撃か。しかも、力を余しておるな」

 ――めっちゃ強い。


 そしてその子はふわりと方向転換すると、なおひこが相手をしてくれていた虎目掛けて、同じように火炎を吐いた。

 結果は期待通り、見事に灰にして倒した。


「え~! すごい!」

「ほんとにすごいじゃないか。やったな、優香」

 私から距離を取って戦ってくれていたなおひこは、駆け寄って来て褒めてくれた。その息はひとつも乱れていない。


「あ、あの。ありがとう。助けに来てくれて」

 彼が来てくれなければ、間違いなく死んでいた。

「礼なんていいさ。生きていて良かったよ。それより守護獣が止まりたそう――」

 いつの間にか、中空にいた火の鳥がすぐ側まで降りていて、私の肩に止まろうとしていた。

 ――燃えちゃう!

 咄嗟に身じろいだものの、それも可哀想だとどこかで思ってしまったらしく、左腕を差し出してしまった。


「きゃっ!」

 焦がされるだろう腕を直視しないように、顔を背けた。

 だけど目の端に映ったのは、止まる瞬間に炎が消えて、ただ赤い鳥として腕に掴まるところだった。


「ほ~。中身はチョウゲンボウか。可愛いじゃないか」

 なおひこは呑気な声で、しげしげと火の鳥――だった赤い鳥を見ている。

「わ、わぁ……」

 私は状況についていけなくて、何も反応出来ないけれど。


 でも、よく見るとほんとに可愛い

 真っ赤な羽は、おなかの部分は少し色が違っている。中の羽毛がそうさせるのか、少し白んでいてお洒落だ。目の周りだけ濃い青、しかも銀のような光沢を持っていて、アイメイクを施しているみたいに見える。


「可愛いではないか」

「うん。可愛い……」

 彼女の口から「可愛い」が出るとは思わなかったけれど、確かに可愛い。


「大きさも手ごろだし、飼いやすいね」

「え、これって『飼う』みたいな感じなの?」

 なおひこの言葉に、反射的に違和感を口にした。


 私はユカの白い龍をイメージしていたから、自在に消えたり出たり出来ると思ったから。

「そりゃあ、出している方が仲良くなれるからね」

 ――これは、色々と詳しく聞かなければいけない。



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