君といた夏やすみ

榊巴

第1話 出会い


カナカナとセミが鳴く、とある夏の夕暮れ。


その部屋は夕日が伸び、少年少女の影が遊んでいた。

部屋の外、縁台に座るおじいさんがただ空に流れ続ける雲を見つめていた。

 ただ日の明かりで白からゆっくりと染め、彩雲さいうんとなっていくあけの空を見つめていた。


ふと気付くと、となりに歳おいた髪が白いおばあさんが座る。


おばあさんは呟く。

「やっと一緒になれましたね...」

おじいさんはそれに「そうだな...」と答えた。


おばあさんは言います。

「あなたのおかげで 私は今を生きて幸せでした。

あなたのおかげですべてを変えられたわ」


おじいさんはそれを聞いた。

「何を言う わしもお前と出会えてすべてが変わったんだ だからこの先も一緒だ

ずっと続くんだ ずっと」


おばあさんは少しうれしそうな顔でおじいさんの手をつなぐ。

お互いが強く繋いだ手は弛んだ。


―青天が昇る。

その暑さからか、セミがチイチイと鳴いていた。

「あっつぅ」と呟く自転車にまたがる青年。

僕は両者の都合で、片田舎に引っ越しをし、部屋の片付けを終えたので暇つぶしに周囲を散策していた。


周囲を見渡してもなにも見つからない。

あるのは田んぼと道路、誰もいなさそうな家だけである。

「せめてコンビニぐらいあっても...」と愚痴を吐いてしまうほどだった。


漕ぐとこぐほど疲れと暑さが込み上げてくる。

偶然バスの停留所を見つけ、僕はそこで涼むことにした。

ぐっと停留所のベンチでのたれるように座り込む。水を持ってくればよかったと後悔をしてしまう。

そう後悔をしていると、誰かが僕を覗き込んでいた。


「あなた だれ?」とそう呟く少女の声が聞こえた。

 僕は顔を見上げると、そこには青天の光でガラスのように透ける美しい白い髪をたなびかせた少女が居た。


僕は一目で惚れてしまった。

美しさからか沈黙が答えになってしまった。

少女は無視するように反応する僕に頬を膨らませる。

「なにも答えないなんて なんて失礼な人」とそうそっぽを向いた彼女。


僕は彼女に興味をひいてほしかったのか、うろたえるように無視したわけではないと謝った。彼女はそうなの?と返したため、僕は全力で頷く。


彼女は「では改めまして あなたはだれなの?」と聞いてきた。

よほど気になっていたのだろうか?と不思議におもいつつも、ここに来た経緯を教えた。


彼女はその話に好奇心を示していた。

彼女はこの村から出たことがなく、大切に育てられてきたという。

 そのために外の世界、都会に興味があったということだった。


僕は疑問をあげた。

「どうしてバスの停留所にいるの?」と。

それはこのバスに乗れば、簡単に外に出られるのではないのか?という意味を込めていた。


彼女は首を横に振る。

ただ一言。「役目があるから」とそう答えた。彼女はバスが向かうであろう道先を見つめていた。

僕には意味がわからなかった。だがなにか理由があるのだろうと深くは聞かなかった。


だけどそれで話を終わらせたくなかった僕は、「僕でよければ都会の話でも聞く?」と言ってみた。

もちろん下心はある。

彼女はそれを聞くと「本当?」とうれしそうに聞いてきた。


そこから彼女との出会いが始まった。

都会の話、森の話、海の話、海外の話。

バスの停留所で、世界を広げていった。

彼女はうれしそうに話を聞き、その笑顔で僕も微笑んだ。

僕はただ彼女と毎日会うのが楽しみになった。


いつもの停留所へと向かうと彼女は居らず、綺麗な茶髪の女性が座っていた。

彼女は僕を見つけるやいなや、駆け込み。

彼女の知り合いかと聞いてきた。


聞けば、この女性は彼女のお姉さんらしくて、「今日は体調が悪いので来れない」という連絡を、姉に任せていたようだった。

姉は「あの子も隅におけないわね」と小さく呟いていた。


今日は彼女ではなく、お姉さんとの世間話をした。

あの子はどうだった?とかどんなことをしていた?とか中々にグイグイと聞き込んでいた。

それと「お姉さんに興味がない?」と聞いてきたが、僕は無視した。


後日、彼女にそれを報告すると「お姉ちゃん」と少し怒の声が含んでいた。

それからセミが鳴くのをやめるまで、いっぱい話し込んだ。


彼女はこう呟いた。

「いつか一緒に色々な所を旅してみたいね」と僕はうれしそうに「絶対行こう!」と答えた。


日が経ち、しばらくすると、彼女は来なくなった。

僕は不思議だなと思いつつも、彼女ともう一度会うために足繁く停留所を通った。

日をまたいでも、またいでも、またいでも

彼女は来なかった。


―とある黒雨の日、

僕は諦めずに停留所へと向かうと、そこにはずぶ濡れになっていたお姉さんが居た。


ようやく手掛かりが見えたのか、僕は走り出す。

そして開口一番の言葉は「彼女は!?」

お姉さんはその言葉を聞き、少し涙をうるわせる。

お姉さんの口から開かれたもの。

それは、―


かみならしの儀というものに彼女が選ばれたというものだった。

 元々この地は神は居らず、地は干上がるばかりだったという。

それを聞きつけたしろき巫女が己が身を捧げ、雨を降らせたというお話。


 昔話だ、時代錯誤だ、僕は激昂する。


儀式が行われる神社を教えてもらい、すぐさまに彼女の所へと向かった。

そこには彼女がいた。


僕は叫んだ。

「一緒に旅をするんじゃなかったのか!!」と

周囲を動揺を隠せなかった様子だったが、一番冷静だったのは彼女だった。


「ごめんね みんなのためだから」とそう僕から背を向き、拝殿の中へと入っていった。


僕は拝殿へと向かうその彼女の背を見た。

装束は全てを飲み込むほどに黒く、それがひときわ目立つ白い髪が装束に垂れる姿はまるで稲光のようだった。


周囲は小さく小さくつぶやいた。

「神成りさまへとなされませ」


雨の中、僕は慟哭した。

そこにセミの声も、雷も鳴らなかった。

ただざぁあざぁあと雨ばかりが強くなった。

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2024年11月30日 06:00

君といた夏やすみ 榊巴 @SAKAKITOMOE

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