エピローグ・フェアリータップと、欠落を魔法に変えた魔法使い(了)
家に帰ると、玄関口の鍵が開いていた。
笑んで、扉を開ける。
リビングに赴くと、――そこに、彼女の姿があった。
「――おかえりなさい、セーシロー!」
シィ・リティエルリ・ロウエグ。
月明かりの下の丘で邂逅していた彼女は、今はリビングの椅子に座って、人間世界の本を読んでいた。
――リティエルリは妖精世界に帰らなかった。
合わせる顔がないと、その理由で。
嘘。【妖精の取り変え子】という魔法。それは人間世界で言えば、やむを得ないとはいえ、惨殺的な【大量殺戮】を行ったのと同じ意味を持つ罪咎――。
時間が必要だった。
今は、蜜凪が【
といっても、普段は蜜凪の家で日々を過ごしている。結構、楽しく気ままに過ごせていることだろう。――前例のない特異な存在にも関わらず、社会的な拘束は無いに等しい。女王様がそれで言いと言えば、それが通る社会世界なのだ。
それは知らない者があるだけで、どこの世界も。
リティエルリには、俺の借家の鍵を渡しておいた。いつでも遊びに来れるし、そうしようと思えば、いつでも会いにいける。
ただ――。
「ああ、そうだ、セーシロー。ミツナギのお母様のアイカから、お手紙を預かっているの。なにが書いてあるのかは、分からないけれど……」
「ふうん?」
たださ――……。
「なんだろうか」
『成志郎くんへ。
お久しぶりですね。さて、単刀直入に頼みたいことを記しますが、もうしばらくしたのち、――リティエルリちゃんを成志郎くんの家に住まわせてほしいのです。これは
たださ……、これは話が、また違わないか?
大口を開けて手紙を見つめる俺を、リティエルリは小首を傾げて窺っていた。
彼女に知られず冷や汗を流し、手紙の続きを読み込む。なんで……?
『というのも、私には、予感があるからです。ここからは情緒に踏み入り、デリカシーの欠けたお話しになることを、許してください。
私にはどうにも、成志郎くんがいつか、リティエルリちゃんの故郷である妖精世界に渡り、そこで何かを成すような気がしてならないのです。
何を成すのかは分かりませんし、いつその時が来るのかなんてことも分からない。しかし確かな予感があります。もっと言えば、蜜凪や、織枷校長先生も、同じような直観を抱いていました。
そのような直観は大切にせよというのが、賢人が教示する常です。
妖精の常識は、あなたが知り、実感した、しかしそれ以上に掛け離れたものです。故に、然るべき時期を見て、あなたはリティエルリちゃんと同居して過ごしてみるのがいいのではないかと、私たちは強く、そう感じました。
もしもそれを受け入れられないときは、この手紙を封に
――――正直、言われて、その未来想像は、やけに鮮明に予感することができた。
とはいえ。
それとこれとは、少し話が違う。どうするか……。
悩んでいると、――とんでもないことが書かれた手紙の続きが目に入った。
そう。
内容のとんでもないことは、ここからだった。
『そしてここからが、デリカシーに欠けた、情緒に踏み入る話になります。
成志郎くん、あなたは、どこかのタイミングで、リティエルリちゃんと
妖精の生殖方法は、私たちのような有性生殖ではなく、妖精種族にしか見られない【魔法力交配生殖】です。
基本的に男性の魔法力を、女性側が取り込んで、特別な手順を踏むことで、懐妊します。その特別な手順とは、――舌を交わし合う
つまり。
成志郎くん、あなたはリティエルリちゃんに、お手付きしました。
生々しい話になってごめんなさい。デリカシーに欠けることを、重ね重ね、許してくださいね。それにしても、思い出のつもりだったのでしょう。健気ですね。私はリティエルリちゃんの味方ですよ。
未来にとって良い返事になることを祈っています』
グシャリと、手紙を握り潰した。
「ど、どうしたの、セーシロー……!?」
「ど、ど、どうもしない……ことはない」
思わず彼女相手に誤魔化しの嘘を口にしそうになるほどテンパりながら、こんな結末の持っていきかたってあるか? と気持ちで目を覆う。……月明かりの下で踊って、お別れすることをお互いに
童話のような綺麗な成り行きとして行き着いたのに……、最後の最後にこんな生々しい話で締めくくられて、一つの物語が終わって、始まることってあるか?
――まあでも。
「セーシロー……?」
それをどこか喜ばしく、受け入れている俺もいるのだけれど。
「リティエルリ。――俺と一緒に暮らす気はある?」
「――――……え――?」
迷い妖精と、欠落の魔導士の話は終わる。
そして、ここから。
シィ・リティエルリロウエグと、欠落を魔法に変えた魔法使いの話が始まる。
フェアリータップと欠落の魔法使い ~迷い妖精と迷う人間と、創られた聖女と魔王の剣~・了
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