エピローグ・2

「失礼します、織枷校長」

「いらっしゃい成志郎くん! どうぞ掛けてくださいね」


 先日の蜜凪からの講釈を聞いて、なるほど、あの巨大な熊のぬいぐるみは、他の重要書類に目が行かないように置いてあるのだなと、そのことに気付きながら、訪れた校長室を見渡した。


 その部屋には、リティエルリのことを報告した日にはなかった、目を惹く美品が飾られていた。


 一振りでありながら峰を背合わせにするようにして双刃が伸び、それが複雑に絡み合う幻想的な形状を見せた妖精のつるぎが、額に収められている。


「――……まさか、【伝説の武器の創造】で創生された武器は、そのまま、消えないのか……!?」

「それが、妖精の力です。今回はココロバランサーの持つ武器【ティルヴィング】と、特別に相性が悪かったので引けを取りましたが、本来であれば人間と妖精には、それほどの魔法力の差があるのです。――けれど、それは魔法技巧で埋められる、そして追い付き追い越せる力量差です、そのことを、魔導を勉強する上では、どうか信じてくださいね」


 あまりの驚愕に初手で話が逸れたが、織枷校長と向かい合うと、粛々と頭を下げた。


「織枷校長、今回のことは本当にありがとうございました。感謝しても、しきれません。そして、妖精世界の入り口シーヘンを探し当てるというご足労をわずらっていただいたにも関わらず――結果的に、別の方法で解決する形となり、申し訳ございません」

「いいえ、あなた達のために働けることは、煩いなんかじゃ、ありませんよ。それに、別の方策で皆が納得できる結末を迎えられたことは、私にとっても、何よりです」


 織枷校長はそう言ってくれた。


 厳粛とした肩が軽くなる思いだったが……続けて織枷校長がほうってきた言葉は、その軽くなった肩を無意味に重くした。


「それで……あの、成志郎くん、よければ、一つ話を聞いてくれませんか? ――あの、成志郎くんは、ご両親と何歳の頃まで、一緒にお風呂に入っていましたか? というのも、先日、【ティルヴィング】の《願い》の影響で、意識茫然状態だった律織を、お風呂に入れてあげたのですが……そのあとの態度が、なんだか奇妙で……! そのことについて、『アリガトー』と何とも言えない表情で言うんです。あれは怒ってるんですか? それとも、なんだかまた別の感情なのか、そのような気がして……。成志郎くんはどう思いますか?」


 また居住まいのみょうを理由に「そろそろこのへんで」と席を立ちたかったが、そういうわけにもいかない。どんだけ助けてもらったという話もある。……一部の優秀な魔導士は、若さが異様に保たれる影響で、デリカシー部分の常識が奇妙な成長経路を辿ることがあるらしい。それほどの魔導探求者になれるかは分からないが、しかし俺は友人の赤裸々せきららヤバエピソードをじっと聞く今の気持ちを忘れずに、そのことには重々、気をつけるよう、心に誓っていた。



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