信じたい

 欠落しているというより、まるでそれで完成されているみたいに。

 人間的な温度は塩の粒ほどもなく、だからこそ底無しに輝ける瞳。そんな感情を排した歩みは自信に満ちていて、それが恐ろしかった。


「即座の解決方法とは、頭でも潰すのか?」


 それは、なんとか対峙のきっかけを作ろうと、遮二無二に――つまり特に何の考えもなく発した言葉ではあったが、それを聞き届けると、彼女は足を止めた。


「いいや。始末にはこの剣【ティルヴィング】を用いて、魂を回収することで命令を終結させる」


 ……任務に関する問いであれば、答えてくれるのか。

【レベルⅧ】としては、ダントツでマトモだ。話が通じる――。


「魂?」

「【ティルヴィング】の願望剣は、願いを三つ叶える。限度はある、しかしその力は甚だ強力だ」


 願い……。

願いの剣ティルヴィング】。


「『件の妖精の元へと私を導け』。それが一つ目の願い」


 そうか。

 あの夜が深まる前の時節、リティエルリの元へ飛来した方法か。


「二つ目は、もう一度『件の妖精の元へと私を導け』という願いを。その願いは【妖精の取り変え子】の魔法により、しばらく履行されなかったが、それが解けた瞬間に願いは履行された」


【妖精の取り変え子】の魔法を知っている……。

 最低限の知力だけではない、深い知識を持てるほどの、知恵がある。


「三つ目は先程に。理解したか?」

「なぜ、そのように詳細に、俺に教えてくれるんだ?」

「お前はレーヴィアの校長職、織枷優撫の要請により味方内にある。任に関する疑問には答える」


 ……整合性は不明だが、やはり、ただの破壊者というわけではない。

 独自のルールをもった機械神エクスデウスだ。適切な応答には答えてくれる。


「魂の回収という手段を取るのは何故です?」

「【ティルヴィング】は願いを三つ叶えると言ったな。願いのカウントには、リセットする条件がある。それが魂の吸収だ。カウントはこまめにリセットするに限る、不可能を可能にすることは、命令遂行にこの上なく役立つ」

「その剣がそれだけの力を秘めているなら、最初から『件の妖精を殺めよ』と願えば、それで終わりだったはず」

「殺害を願うことはできない。【ティルヴィング】の制約だ」

「……魂を抜かれた妖精はどうなる? 妖精の魂は一つではない、問題が生じる可能性がある」

「いや、問題ない。――今まで、四体の妖精を取り込んだが、影響は一つとして確認されなかった」

「…………」


 魂を、回収する。


 回収された魂がどうなるかなんて、考えたくもない。けれど無理をして考えるなら――おそらく単純な死ではない。


 分かる。

 おぞましく、あの大剣の中で、魂が永劫の時間を過ごしている。


「なら……命令は、『妖精の殺害』ではなく、あくまで『妖精の即時無力化』なのだな?」

「そうだ」


 大きく、一度、呼吸をする。


 あとは。


 殺害あるいは魂の回収よりものほうが早いと思わせれば、勝ちだ。


 ――足元に落ちていた、リティエルリの創生した妖精剣を拾う。残念ながら、これは俺が握っていても効力を発揮しないシロモノなのだろう、そこらの棒と同じ感覚しかない。


 しかし、柄を通して、彼女の熱が伝わってくる。


「魔法は」


 こちらの様子を気にせずリティエルリへ歩を進め始めたココロバランサーに、問うた。


「それが、どんな地獄をもたらすものでも……いつか必ず、その人にとっての幸せを運んでくると思いますか?」


 いつか、俺の願いに添う力として、最たる意思に賛同してくれるのだろうか?


 創生剣を投げた。


 対して速度もないそれを、ココロバランサーは虫を払うように剣で受ける。その視線が、こちらに向く。


 対峙、そして。


「――俺は信じたい」


 俺は、まるで水に飛び込むみたいに、体幹を放棄して後ろの背から地面へ倒れ込んで――【事象透過ワールドオフ】の世界へ、初めて寄り添うような気持ちで、飛び込んだ。


 仰向けに倒れ込みながら望んだ空には、そんなわけないのに、満月が浮かんでいたような気がした。


 

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