再会、そして

「――余技打よぎうちバランサーが、折紙オリガミのさ、輪っか飾りを付けるみたいに、そこら中に鎖を張り巡らせ始めたんだけど、蜜凪、なにか分かるか……?」

「それは結界だね。キープアウトのテープだ」

「結界というのは?」

「精神魔法の基礎、心理結界。物体が他者に与える影響の考察で、たとえば、ちょいと殺風景な部屋に可愛い熊ちゃんのぬいぐるみを一つ置く。寂しい部屋に可愛いぬいぐるみという要因が合わさり、たった一つの物体が、部屋の印象さえも変えてしまう。ぬいぐるみが、要因を経て、人にいくばかの安心と安らぎを与える。けれど荒廃した部屋に綺麗で大きな熊ちゃんぬいぐるみがあったら、どう思う? ちょっと怖くない? 物体影響の精神魔法とは、要因と影響を自在に作り出す技術だ。余技打さんが張っているその鎖は、人に強く危険を訴えるように工夫されているのだと思う。存在自体が、脅迫的な警告になっている」


 なるほどな、【レベルⅧ】が襲来する備えというわけか。


【レベルⅧ】を寄せ付けないために、もっと上手い手段はなかっただろうか。思い付かなかった……、なら、あとは選択した状況を受け入れて、最善を尽くすしかないのだろう。


 差し当たっては、妖精の少女へ、想いのままの言葉を伝えることから始めよう。



「リティエルリ」



 ――彼女は、とある店先の小さな石階段に座り込み、心神喪失の様子で虚空を見つめていた。


 顔が持ち上げられる。俺を見つめる瞳が、満月のように、見開かれた。


「…………セーシロー?」


 驚きの声を受け止めて、断わりを言うこともなく、彼女の隣に座った。


「どうして…………?」

「そりゃ、助けに来るって。友人に助けてもらったりしてさ、蜜凪も来てる」


 心神喪失状態で、気付いても、いなかったわけか。


 彼女の体に巻き付いていた、、おそらく自身では取り除くことのできないように暗示されたそれを手早てばやきながら、なんでもないように挨拶を告げた。


 ボロボロのていで、少し、頼りがないかもしれないけれど。【事象透過ワールドオフ】を日に二度も、しかも二度目は長時間行使していたせいで、手鏡で確認した瞳は霞がかっていた。


 けれど、彼女は俺よりも儚く、虚ろだった。


「セーシロー……。…………私は、この手で禁忌を犯してしまった。【取り変えの方法】を破ったということは……、そのことも……知っているのね…………」


 瞳を混濁させて、夜の景色の何も映さない、虚空を見上げた。


「――恐ろしい敵だった。を振るって、私の魔法は粉々に砕けた。【移動の方法】で、からがら逃げたけれど、無意識で飛んだ場所は……この街で……、そこには、私を最も追い詰めた人間がいて……。恐怖に駆られていた私は、追い詰められた心境で、――そして…………。…………」


 混濁の瞳を、地に向ける。


「これが私の本質だなんて、知りたくなかった。が私だなんて……。たった、命が危険に晒された、それだけで……!」


 ……人間の倫理で言葉をかけるのは、間違いだろう。

 だから、ただ、最初に決めていた通りに。俺は、思いの丈を明かした。


「君がどんな罪咎を犯してしまったのかは計り知れない、けれど俺たちは、人間であるから――リティエルリの傷付いた心に、ただ寄り添いたいと思っている。近くにいたいと願ったから、ここまで来た」


 それは、俺たちの思いの丈。

 言霊を通して、彼女にもそのことが、伝わるだろう。


「無知な盲目ではないと、分かってくれると信じている。だから、この言葉に込められた想いは、こうして寄り添いたいと願う一心は、種族の壁を越えて届くと、リティエルリ、信頼している――」


 リティエルリの表情が、クシャクシャに歪んだ。

 金色こんじきの光が陰る。


「ごめっ、ごめんなさい……――っ」

「そしてこれは、俺だけの言葉」


 リティエルリの小さな身体からだを、抱き留める。


「無事でよかった」


 ――胸の中で、彼女が不規則に身を震わせて、嗚咽を漏らしている。

 その体温を、言葉も告げずに、受け止めた。


「――もうッ、もう同族の元に戻れない……ッ! 合わせる顔が無い……。いったい、これから、私は誰に顔を向けて生きていけばいいの……?」

「俺が、蜜凪が、お前を絶対に一人にはしない。震えるときは、俺たちのことを、確かに思い出して。お前にそうして寄り添いたいと、永遠、思っているから――」

「…………ウっ、くっ……、…………っ」


 頭を撫でる。

 顔を上げさせて、そして――その額に口付けした。


「リティエルリ、走れる?」

「え――?」

「『赤い眼が視えるその方角地点に飛んで』。金色こんじきの妖精世界の【シーヘン】を見つけた優撫さんが、そこで待っている」


 手を取って、立ち上げさせた。


 ――上空を見上げる。



 、人の姿が見えた。



 最初は、小型ジェット機かなにかだと思っていた。片翼のジェット機かなにかだと。そんな突拍子もない代物に見間違えた精神状態も相当だけれど、その飛行物体の正体のほうが、もっと支離滅裂だった。


 それは、人だった。


 片翼に見間違えるほどの、背丈程もある大剣を背負った人間。


 それが、まるでゲームに存在する移動魔法を使用しているかのように、超高速で、飛んでくる。


「律織、【レベルⅧ】だ――!」

『了解、妖精を走らせろ』

「セーシロー――!」

「リティエルリ、下がって」


 ――――そして。



 目の前に、まるで星が落ちたような轟音を立てて――飛来した何者かが墜落した。




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