【妖精の取り変え子】
「――――雪灘が倒れた」
『ええ!?』
戦闘中の律織側には知らせず、蜜凪にだけ、今起きた状況を端的に伝えた。
とはいえ――仔細は、視ていた俺にすら分からない。
「昏倒したまま放置されている。
『ユキが? 一瞬で――?』
「雪灘に剣を突き付けるように向けたのと同時に、周囲の景色が一瞬、揺らめいた。直後、行長が昏倒するように倒れた……」
『――ごめん、もうちょっと詳しく!』
「視覚の情報はそれで全てだ。あとは通信音声から、
『……【
蜜凪の、思考に深く浸かった声が、静かに通信機から響く。
『『体温を奪う魔法剣』――だったと思う。そう、『魔法特性を帯びた武器一覧』の書物に、確か載っていたはず、有名なやつだ。書物を辿る限りは、今の所在は知れないことになっている……はず。それについては、確かなことは言えないけれど』
「【伝説の武器の創造】魔法……。私は妖精ではないと、口ではいっていたが……」
『……。…………。…………ちょっと待って』
蜜凪の思考の間にも、俺もまた、交錯した情報の解読を試みて進める。
【妖精の取り変え子】の魔法は。
認識のみならず記憶にも干渉して影響を発揮する魔法だと考えた。ならば、「私は妖精じゃない」という言葉も、意識が逸れるように俺たち各々、勝手にそう聞こえていたように認識していただけの
ならどうして、彼女は雪灘に危害を加えた?
自暴自棄になって……なんて、
そんなことで粗暴を振るう妖精じゃない。
しかしだとしたら、どうして。
【妖精の取り変え子】の魔法には、解き明かされていない謎があるのか……?
『よく誤解されるが、【妖精の取り変え子】は妖精が人間の子と自分の子を取り変え、人間の子を攫うというものではない。魔法により人間に『私は
『この際、妖精は赤子の形をした身代わりを作り出す。それに人間の乳を摂取させ、あとでその身代わりを自身に取り込むのである。事が済めば、人間の子は危害を加えられることなく返される』
『自身の分身を作り出す魔法は妖精が使用する魔法の中でも高等なもので、この魔法を【妖精の取り変え子】と呼ぶこともあるが、一般的には己の存在を他人に刷り込む魔法を【妖精の取り変え子】と呼ぶ。自身の分身を作り出す魔法の原理は、妖精の魂は一つではないので、その内の一つを肉体から解離させ身代わりを作り出し――』
自身の分身……。
…………分からない。
『――――分かった』
しかし――……俺は一人じゃなくて、俺たちという連れ添いには、「魔法力の根幹をやがて言語化する」とまで世に言われた、
蜜凪の、水底から泡がプカリと浮かび上がったような声が、思考に沈んでいた認識感覚を、現実へ覚醒させた。
『分かった……【妖精の取り変え子】の構造が、魔法原理が、見渡せた、そこに至った。そう、書物には、曖昧故に間違いである記述が綴られていた、けれど曖昧故にそれは、並べ替えてみれば、ほとんど正鵠を射た、事実に限りなく近づいた記述であったんだ。――【妖精の取り変え子】とは、影に潜む【
「【
『その妖精の存在を「隔てるための像」、つまり、別の人物や概念を前に立てて、本来の存在を覆い隠す方法だ』
「…………!!」
『自身の行動や意図を隠すために、別のイメージを強調する政治的プロパガンダのように。企業が実際の問題や欠点を隠すために、別製品のイメージ戦略を全面的に押し出すブランディング戦略のように。あるいは歴史的な英雄の、負の側面を隠すために、極端に美化された英雄像を作り上げる構築のように。自分の苦痛や悩みを隠すために、表向きの積極的な笑顔を見せる心理状態のように。【妖精の取り変え子】とは、それの究極形なんだ。『同一の魂を触媒に作り出した実在の存在で、自身の存在を覆い隠す魔法』、それが【妖精の取り変え子】。世界にかけているんじゃない、魂を持った分身それ自体が現象影響力の塊なんだよ。それにおいて、妖精の言う『火の精霊』『風の精霊』といった概念と同列に、本来存在しない影響力を
「……それは、世界に魔法をかけたということじゃないのか?」
『全然違うッ! 影響力それ自体で完結している、生物が世に存在することにおいての
「分身体を判明させる方法はあるか?」
『【妖精の取り変え子】の影響力を受けて、納得するに相応しい記憶を刷り込まれているにしても、『生命存在が及ぼす
「お前、
『――――あった、あったッッ、――いや、無かった……ッ!
「――カウントで、律織に雪灘が
『分かった、気をつけて――!』
事態は急速化を辿った。
蜜凪の英知という爆発的なトルクによって。
謎を解き明かし、あとは――……、本当にたくさんを手渡してくれた彼女へ、今、少しだけのものを還すために、言葉を伝えに行こう――……。
【レベルⅧ】の気配はない。だが、まもなく来るだろう。
リティエルリは必ず見送る。もう会えないという寂しさが、今この状況下でも変わらずあるとしても……、必ず勝ち取る、そのお別れの機会には、きっと笑顔で。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます