織枷《おりかせ》律織《りつおり》 VS 余技打《よぎうち》伊代祇《いよぎ》

 光を武器化する能力といった、人間が想像を巡らせたような、どこか画一的である魔法であれば、どれだけ良かっただろう。


 実際はとてもじゃないがそんな陳腐ではなかったし、彼の魔法は、人があれこれ想像を巡らすよりもずっと、単純明快だった。


「【光よ在れブレイザリゼン】」


 これ見よがしにぶん回していた、おそらく質量の無い光の剣を手繰たぐりながら、捧げるように宙へ伸ばされた逆手から――、創生を思わせる眩い光が拡散された――……。


 精神魔導の術式である鎖を自身の体に巻き付けて、干渉力を中和する。


 光にされると、まるで影が光に溶ける様子のように、意識が遠のいた……。


「さすがに避けてくるか」


 影響を最小限に抑えて、私の周囲に突如顕現した光のしょうたいふめいのなにかから身を躱すと、彼は凪いだ声で呟いた。埒外の超魔導を披露しながら、油断どころか慢心もしてくれない。いったい、今までどういう生き方をしてきたんだか。


 さすがに避けてくるか。――こちらの台詞セリフでもあった。避けるのと同時に放った鎖は適切に避けられた。本当に一つの慢心もない。


「まったく、恐ろしい少年もいたものだ!」


 相対する夢の世界の住人に対して、感動すら抱いていた。


 素晴らしい。まるでファンタジー! 魔法というものを体現しているかのようだ! だが……光の結晶化に対してそう思っているやつは、先程のような第一手でことごとく、倒れ伏してしまうのだろう。


 彼はこれ見よがしに手繰っていた、画一的な運用方法――殺害するわけでもないのにその形をしていた光結晶こうけっしょうの武器を手放し、次なる構えを取った。


 ブラフは捨てて。

 ここから本番か。


 フフ、なんか楽しくなってきたね。


「【罹り火蛍ウインクファイア】」


 彼が唱えると、彼の周囲を取り囲むように、無数の火の粉を思わせる光が出現した。それは蛍のように点滅を繰り返し、私の周囲をふわりふわりと周回している。さて、あれにはどういう意味があるのか。


 しかし、なんだか……。

 未だ、だな。


 ここでちょっくら整理すると――彼の魔導は、単純明快故に恐ろしく、【触媒にした光に、なんらかの意味を付与して顕現化させる魔法】ということで間違いないだろう。


 光という現象に任意の意味を付与するというのは、理解も想像も及ばない脅威であるけれど、気になる点もいくつかある。たとえば先程の【光の槍】、あれは光速よりも随分と遅かった。光速であったのなら、さすがにもうちょっと身を削られてる。


 それに、未だ画一性から脱していない秘術。

 完全には魔導のを体現できていないのか?


「君の魔導は凄いけど……どうにも、人間に許される範囲であるとは思えないな。光って、ほとんど【概念】でしょ、それを触媒にするなんて、それホントに人間の力?」


 まあ【概念】を触媒にすることは、本当はそれほど不可能ではなく、問題なのは人間の認知が及ばない【光】という概念現象を触媒にしていることこそが理解不能であるのだが、そこらへんの説明は端折はしょって聞くと――彼の表情が僅かに変化した。


 そういえば、なぜかさっきから魔導を使うときは必ず、必殺技みたいな名前を口にしていたな。


「それ、妖精の力かい?」


 聞いた瞬間、彼は動き出した。


 上等!


 もうすぐ三十路みそじという、二十九歳の体が熱を帯びて躍動する。アジリティに不足なし!


 鎖を投擲! すると、彼の周囲に漂う光点が輝き、各点が光の面を形成して鎖を弾く。なにが起こってるんだよ!


 ええと……、光点を頂点として、光の面を形成する魔法か。

 光の波同士が互いに干渉し合って、特定のパターンで波を打ち消す『完全反射』を実現してるんだな。


「【薄明の鏡トワイライトグラス

「――ヤバいッ!」


 声が出た。

 光の湾曲と制御だ。視界がゆがむ、大きな不可視領域が生まれる、視界の信用が失墜する!


 だが――。

 しかし。しかししかししかし。


「――若い」


 若い。若い若い若い若い若い。若すぎる!


 織枷学生も、数多の修羅場を潜ってきているのだろう、それは伝わってくる。――とはいえ、実戦経験の差は歴然だった。

 攻撃が単調。フェイクが雑。行動パターンが均一すぎる。


 彼のほうが遥かに潜在能力で勝っているとはいえ、経験の差故に戦闘は拮抗していた。


「目が利かないくらいで有利に立てると思った!?」

「グッ――……く――……あんま意味ねぇか……」


 そして、確信したことが一つ。

 彼は、私が着物の下から鎖を取り出しても、微塵も動揺しなかった。私の様々な情報が渡っているのだろう、鎖を使うことも、私の鎖がどのような意味を持つかということも。


 しかし彼はそれでも、私の鎖を頑なに避ける。つまり。

 いくら彼とはいえ、この鎖にかけられた呪いを解くことはできないと判断したのだろう。

 必殺はこちらに分がある。


「こういうのは、雪灘君で慣れているのかな? 二人で稽古とかするの? 組手とかするのかな? ――まさに青春だっ!」


 私も、若返るようだッ! 叫び、鎖を操る。


 体の一部にでも巻き付かれたら終わり。

 そうなったら最後、私の鎖は一切の行動を封じてしまう。


 一撃非殺。

 シンプルな性能のその実体は、【あらゆる対抗に精神的な無効化を付与する】という研究テーマを奈落の果てまで追求した、精神魔法の結晶体、とある研究成果の果ての、呪いだ。


『光の波長を操作して特定の魔法の性質を変える』といった方法も寄せ付けはしないだろう。――しかし、それにしても。


「【光の眼フェノメナルオープ】」


 上空にビット状の光が展開して、それぞれがこちらを見つめる、そして。


「【光よ在れブレイザリゼン】」


 それぞれのビットが、彼の唱えた魔法効力を反響増幅させて、周囲を白日で焼き尽くして染め上げた――……。

 けれど。それは想像力にしても欠乏している攻撃行動だ。


「残念、それはもう効かないよ」


 鎖という術式を介して出力された、すでにこの精神攻撃への順応を回答した私の魔法は、完全に影響を無力化していた。いや、それにしても。


 やはり……【光】というトンデモ特性を利用しているのに、その性質を生かした反則的な必殺技は行使してこない。考えるだけでもアイデアが捗るのに。たとえば光の反射を繰り返して無限にエネルギーを増幅させて拡散させるとか、そのアイデアに連なって……周囲に光の速度に近い粒子を拡散させて、その空間内での時間を相対的に遅らせることで、鈍化スローを付与しながら超高速を実現するとかね。パッと思い付く必殺のアイデアは様々だ、だがそれを行使してこない。


 出来ないという筋もあるが、やってこないだけという線が、理由あって濃厚なのだが……。


 識織しきおり学生の【固有因果律エゴスフィア】があるとはいえ、やけに敏感に動きを察知されるなと思っていたが、あれは光の影響力に干渉して動きを察知していたわけだ。つまり光あるところを白日に晒す、埒外の技巧を行使していたということになる。どうしてその技巧を今ここで発揮しない?


【罹り火蛍ウインクファイア】なる絶対の盾はともかく、あとは適当に想像力を巡らせたような、低燃費の技ばかり。


 ………………なるほど、分かった。


 このあとの【レベルⅧ】戦を見越して、手ぇ抜かれてるんだわ。

 無駄にテンション上げていたのは私だけだったようだ。


 まあ、それに連ねて考えるに、つまりは――……。


「つまりは、それは君の魔法じゃない。それは【魔障】だ、さわったそれを手放さないのだね。――持久戦は苦手かい、少年?」


 不自然に息の上がってきた彼に問うと、彼は鼻息を吐いてみせた。

 しかしよく観察すれば、冷や汗に似た異様な発汗をきたしていることが分かる。


「本人の魔法力に変質の影響を与える【魔障】、それは魔法力にさわって変質させる残留影響力なわけだが……、たしかに、治療を拒み意図して魔障を残留させ続けることもできる。一般的には心身に悪影響を与えるやまいに似た現象ではあるが、君の場合においてはその、にわかに人間だとは信じ難い、高すぎる魔法力で身体からだへの影響は完全に防いでいるみたいだ、けれど……、持久力の面ではやはり問題が生じているね。そりゃそうだ、さわった影響結果を出力してるんだから。【魔障】を手放したら? 君なら、その力に比肩した魔法を備えることにも、いつか届くだろう」

「うるせえ」


 一蹴された。フフ、いつもこう言ってそう。

 可愛いところがあるものだが、さて――、


「手加減するというのなら、そろそろ決めさせてもらおうかな」

「――分かったよ、真髄見せてやる、来い」


 祐人ゆひと君みたいなバトルハイを披露しながら、織枷学生はまた、構えを変貌させた。のだが、そこで――……。


 携帯が鳴った。


「……マナーモードにしときなさいよ」

「――どうした?」


 私のちょっかいに構わず、素早く電話コールに応じた識織学生の表情が、分かりやすく、驚愕に歪んだ。


「マジ、……か? …………。了解、一旦引いて立て直す」


 通話を切って、携帯を戻す。……なぜ、通信機ではなく、電話で通話を?


 それはともかくとして。


「難題が生じたようだね。――それとして、逃げられるとでも?」


 問い掛けると、織枷学生は疾駆ダッシュに備えて構えながら告げた。


「逃げられるだろうな。俺一人じゃないから」


 ――その瞬間。


 予兆もなく地面から、に足首を掴まれて――に引き摺り込まれるような感覚を味わって


 ――――ヤバい、何だこの感覚は。


 靴底の一ミリ――あるいはそれ以下しか沈んでいないのに、なぜかハッキリとその戦慄を感受して、本能が危機を絶叫していた。


 ――と、感じていたのも一瞬のことで。


 私が地面に目を向けた瞬間、その手は消え去った。


 ……なるほど、電話通話は注意誘導アトラクト


 目の前を見る。

 もう織枷学生の姿はどこにもない。


 この場には、阿呆みたいに突っ立っている私がたった一人、あるばかりであった。


「……ミステリーすぎるでしょ、レーヴィア魔道学校」


 呟いてみたが、負け犬の泣き言にしかならなかった。


 困ったな。

 十代の子たちに負けちゃいました、とむらさきちゃんあたりに言ったら、はたして何と言われるだろうか。


 ため息をいて、次にすべき行動へ勤しみ始めた。



 どうやら、最悪の展開を迎えそうだ。


 

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