ファーストバトル

 そこは、十分に道幅のある、高い壁に両脇を挟まれた通路。道なりは緩やかにカーブを描いているが、ほぼ直線と言っていい、小細工の効かないステージ。


「……お子様は、お家に帰る時間です。道が分からないなら、案内します」


 伊沙羅伎いさらぎバランサーに緊迫の様子はなかった。

【レベルⅦ】と行動を共にすることが多いためか、場慣れしている。


 対して、雪灘も緊張感とは無縁だった。ゆるりと、歩を踏み締める。


「ありがとうございます。でも、結構です……」


 伊沙羅伎バランサーは心底不愉快そうに顔を顰め、その鋭い瞳で雪灘を睨んだ。


「あなた達は、公務を妨害しようとしているのですよ? ……妖精と、何かがあったのは分かります。しかし分かりなさい。あなた達はその歳にして、とても大きな力を持っているのでしょう。その力には責任が伴う。【バランサー】と、狂騒して戦おうとしているなんて、正気ですか? あなた達は今、歳の浅慮故に、諸々の責任を放棄しようとしている。妨害工作はやめなさい」

「……確かに、私は力をただ振うだけの子供かもしれない。深い思慮なんて持ち合わせていないのかもしれない。……でも、彼は違う。私の仲間は違うんです……」


 伊沙羅伎バランサーの裂くような視線に、雪灘は、確かな信用を湛えた言葉を返した。


「私たちの仲間の一人、彼はいつだって蔑ろにしなかった。都合を、幾多の覚悟を、それぞれの使命を、平穏を。頭の良さじゃない、彼は痛みを知る人です……。私たちは感慨に酔い痴れ、自分たちの都合のみを振りかざし凶暴する子供ではない。彼がいる限り、そうさせないから……」

「…………」

「彼は見境いというものをなくす人じゃない、けれど、今はそれを証明する手立てがないですから……、私たちは解決の相違のためにぶつかるのでしょう。言葉はここまでです」


 宣告して。

 雪灘は腰に佩いた直刃の刀――妖刀【峰打ち】を抜き放った。


 月の光を負に染める、禍々しい刀身が現れる。


「押し通る」


 伊沙羅伎いさらぎバランサーの表情から、不愉快の色が消えた。彼女は一つため息を吐くと、冷静な声色で警告を告げ、腰から二丁拳銃を抜き放った。


「警告します。私はバランサー【レベルⅢ】、伊沙羅伎 祐人。【バランサー】としての執行を、あなたは妨害しています。今すぐ引きなさい。さもなくば、執行を行使します」

「警告無用。勝負」


 ――そして、この戦況を最も大きく左右する二人の戦いが始まった。



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