Ainsel

 この世界で一番身近な小遣い稼ぎの手段といえば、パン屋のアルバイトでもなく、レモネードを売る露天商でもなく、【Ainselエインセル】を仲介して雑事仕事を請け負うことだ。


 Ainselとは、簡単に言ってしまえば登録型の仕事斡旋組織だ。


 迷い猫の捜索から世界を救う大事変まで、色々な依頼を仲介する。

 これがよく出来ていて、今や生活に欠かせない身近な存在だ。もしそれが可能であれば、庭の芝刈りとか希少品の捜索とか、窓口一つで一手に請け負えてもらえて、仕事探しもそこにおもむけばいいってなったら、それが一番、利便性に優れているわけで。


 それを実現した組織があれば、類を見ないほどの組織力を持った、極めて強大な力の集合体として世界に君臨するだろう。『全ての争いをその身に引き受ける』という名の由来を体現した一組織は、全世界に居場所を置く最大の力だ。


 個人登録のみの登録者シグナトリーは実績に応じた階級ランクが与えられる。階級ランクは下から、【Free】 【Plus】 【Single】 【Double】 【Triple】 【Sirius】 【Luna】の七階級。


 例えば賃貸の見繕いとか、信用が大切な雑事も、階級を選んで依頼すれば安心できるわけだ。その分、金も張るけれど、そこに公正な取引が生まれる。


 また一定階級しか受任できない依頼もある。果ては世界を救う大事変まで、というのは比喩表現でもなんでもない。……そして今回の面倒事も、どうやら、そのような内容の仕事らしい。


「――それでさ、結局それが終わっても、俺の仕事は終わらなかったわけだよ。なんでだよ、なんで俺だけお家に帰れないんだ」

「後処理みたいな雑用が異様に長引いて、カラスが鳴いても帰れないのは確かに悲しいな……」


 ――平日だけあって、流石に家族連れは少ない。それでも、商品を運ぶ逞しい業者の姿、日用雑貨や嗜好食品を売る露店商人、煙突から煙を吐く食事処など、活気に溢れた街の様子が、空からよく。律織と雪灘の会話を隣で聞きながら、そんな景色を眺めるのに興じていた。

 昨晩に降った雨も上がって、今日は良い日和だった。


「シキ、聞いてるか? まったく興味を示されていないようで、俺は悲しい」

「聞いてるよ。――断れよ、全部ぶった切って家に帰ればよかっただろうが」


 ママー、なんであの人は、空を見上げながら歩いてるのー? という子供の声を受けて、真上から視線を戻した。


「お前は何でも率直に言う」

「これだけは言っておく。学生が必要も熱量も持たない仕事に傾向することは、たとえその内容が世間にとっての大事であろうと、なにもカッコよくないぞ」

「なんだよー、手厳しいな」

「俺が乗り気じゃないってことを知っていてほしいんだよ」


 苦々しく言う。

 そりゃあ、友人の苦難であれば多少は手を貸す気もあるが、こうも続けば、げんなりもする。しかもそれが、「友人が勝手に背負い込んだ面倒事」となれば尚更。


「俺はそれをこなすことを、カッコよくも、誇らしくも思っていないのに。――そのことだけは、頼むから、知っていてくれ」

「悪かったって! でもマジでお前の力が必要なんだ」

「ハァ……」


 律織だけではない。

 他人からこのように頼られることが多かった。いや、何故かと言えば俺が生来宿した『魔導の体現者』たる能力が由縁なのだが。


 正直、胸を張って自慢に思う、優秀な能力だった。

 デメリットなし、条件も緩く、非常に役に立つ。

 ただし。しかし――……。



 …………魔導を宿して生まれなければ。

 そんなもの無ければ。



 …………。

 しかし、ただし。

 もう一つの、能力は――……。


「シキ、どうしたの……? 大丈夫……?」

「ん、なんでもない。とにかく、律織、そのことは分かっておけ」

「分かったよぅ……。まあ、でも」


 律織は飄々と言う。


「なんだかんだで、また頼りそうではある」

「…………」


 浮き出た青筋を見て、律織はさっと話題を切り替えて逃げやがった。


 七秒怒りを堪え、凝り固まったため息を吐き出すだけに留めた。……こういうところの積み重ねが現状に表れているのかもしれない。




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