織枷 律織
レーヴィアの授業カリキュラムは、一学年までは細部まで決まっているが、二学年からは自習が増えていき、三学年以上は基本、自習のみとなる。
講義を受けるには、告知された時間に開催される授業に出るか、直接教員の元を訪ねて講義をお願いするという方式を取っている。よほど不真面目な先生でなければ、講義のお願いを断わられることはない。
今日受けるべき授業を全て終えて、満足感の中、さて図書室へ向かうかと思案しながら廊下を歩いていると、背後から呼び止められた。
「シキ」
振り返ると、――おっと、馬鹿登場。僅か不貞腐れ気味の顔に、疲労の色をありありと浮かべた生徒が、小さく手を上げていた。
「律織。無駄にお疲れ様みたいだな」
「もう本当に嫌になるよ。俺は学生だっつってんだよ」
じゃあ学業に励めよ。
息を吐き、言葉だけでもう一度「お疲れ」とねぎらう。
「もう疲れたよ……。無限だよ。無限に仕事が迫ってくる感覚があるんだよ……」
並んで歩くこいつの言葉に、今度ははっきりとため息をついた。
「大変だな、――断ればいいだろう」
「いや今回は断れないんだって。
「……ふうん」
なんだか立て込んでいる雰囲気ではあったが、全面的に信用はできなかった。飄々とした外見印象とは異なり、頼られることに依存的な価値を置く性分であることが否めない男だ、こいつは。というか、……よくない予感を感じていた。
――全体的によく整ってはいるのだけれど、これといって特徴の見られない容姿。背も平均的で、髪も長すぎず、短すぎない。「一般的」という言葉がとてもしっくりくる、平均という言葉を体現したかのような姿。
彼の名前は
おそらく校長を除けば、教員も含め、レーヴィア魔導学校で二番目に優秀な人物だ。稀代高名の魔導士、レーヴィアの校長、
この歳で、知識と実践の魔導を用いて様々な面倒処理にあたる、魔導士の仕事に従事している。
それはいいんだけどさ……。
「……で、ちょっと、相談があるんだけども。近々、力を借りたい。ていうか、あー、もう頼っちまったほうがいいのかな……。悪い、明日空いてるか?」
「空いてるわけねぇだろうがよぉ」
呆れて言う。学生だぞ、休日でもない日が暇なわけねぇだろ。
こいつはこうして、抱え込んだ面倒事を
「あのさぁ……」
もう何度目かも分からないことを、髪を掻きながら言う。
「俺はさ、今は真面目に学生してたいんだって。なんか……スカしてカッコつけてるみたいな言い方になっちゃったけど、至極真っ当なことを言ってるからな。お前とは友達だ、だが不良付き合いには付き合ってられない。分かるか?」
「分かった。それで、明日空いてるか? ――――頼むって、シキ、マジ、今回ばかりはマジなんだって!」
「なんだマジって。…………マジで今回だけだぞ」
「サンキュ。いやー助かるわー、ユキも誘うから、連絡入れるわ」
「お前ほんと、しばらくはこういうのナシにしろよ」
本当に厄介事っぽいからな。……こういうのが積み重なって、一般学生という立場がおかしくなっていくんだよな。
厄介事か。
となると……。
「ああ、それと、――言うまでもなく。面倒事が起こってることは、レミには内緒にしといてくれ。あいつが関わると更に面倒事になる予感しかしない」
「分かってる」
蜜凪が関わると、もう本当に全てが予想不能になる。
レーヴィア魔導学校の共通常識。
「んじゃ、俺は図書室行くから。お疲れ、バイバ――」
「お、リフじゃん! 何しに来たの?
俺たちは比喩でなく、地面から10センチは飛び跳ねて、あやうく心臓を喉から吐きかけた。
ギギギギと、二人、油が切れたみたいに首を回す。
そこに蜜凪が立っていた。
「んー、なんじゃい」
「……なんでも。ただ話していただけだよ」
「絶対なにかあるやつじゃん。なんだよ、蜜凪ちゃんに聞かせられないようなことがあるのかよー」
「聞かせられないことばかりだろ」
律織の声を潜めた毒づきに、蜜凪は歯を剥き、猫がそうするように髪の毛を逆立てた。
「なにぃ? いま悪口がボソっと聞こえましたケドー? ハッキリ言わんかいっ!」
「フン、聞かせられないことばかりって言ったんだよ、お前が関わると事態が二転三転して状況が転覆するから。足を引っ張るなら改善できるんだよ、転覆させるから始末に負えん。ハっ、今やこの学校の常識」
「ハイ、出会った当初のこと復唱しまーす! ――『君、本当に綺麗だね。レミナの花みたいだ。ねえ、君のことをレミって呼んでいいかい? 俺はリ、――フ、ケフっ……』」
「六歳の頃の話だろうがッ! やめろ、やめろッ」
「律織くんは蜜凪ちゃんのことが好きでしたー! あー、あの頃の男の子は可愛げがあったなーッ!」
「こっちのセリフだぁッッ!!」
「じゃあね」と言い残して、その場をあとにした。
物語の中でのみ語られる天使族かなにかのような、女神の彫像をそのまま人間として顕現させたみたいな美麗の少女、ただし――……。
超絶ド級のトラブルメーカー。
律織の言うことには、間違いはない。
今回の事には、正直、関わってこないといいんだけど……。
「考えるのをやめて、ゆっくり、今日は図書館で過ごそう」
声に出して意識を切り替え、二人を後ろに置いて、その日は平穏な良い日として過ごした。
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