儀式を泳ぐ
5-1 聖女は空色に睨まれる
障子のわくに
この村の人たちは濃度や彩度は違うけれど、みんな緑色の瞳と髪の色だったから、お姫さまの空のような水色の瞳に吸い込まれるような見惚れてしまう。金髪碧眼はカルパ王国の国王陛下以来、見ていなかったなと魅入ったまま思いを馳せる。
「かれん様、初対面の人をそのように見るものではありませんよ」
お姫さまのキュッと目尻の上がった大きな瞳にひたりと見据えられると、ぴりっと張り詰めた空気に怖気付き、慌てて視線を逸らした。
「あらあら、姫さまったらそのような言い方をしたら、かれん様が怖がってしまいますよ」
「わたくしは、そのようなつもりで言ったのではない!」
ころころと鈴を鳴らすような声でリリエさんがお姫さまをあやすように話しかけるけど、ぴりっと張り詰めた空気はますますひんやりと温度を下げていき、ふるりと身震いした。
「あの、じろじろ見て、ごめんなさい……」
お姫さまの顔が見れず、視線を逸らしたまま俯くように謝る。すぐに凛とした声ではっきりと声を掛けられる。
「いや、もういい。それより勝利酒はどこにあるのです?」
「あっ、ここに……」
第一印象が悪くなってしまい泣きそうになるけれど、せめてお土産くらいきちんと渡さなくちゃと急いで布袋の陶器に入った勝利酒を取り出そうとするのに、革ひもがしっかり留められていて上手く開けられなくて、ますます焦ってしまう。
「かれん様は、のんびりとした方なんだな」
「あっ、えっと、ごめんなさい」
お姫さまのひやりとした声で、胃がきゅっと絞められるような感覚になり、顔を上げることも出来ずに慌てて革ひもを解き終える。ほっとしたのも束の間、お姫さまから「まだか?」と声を掛けられ、心臓がびくりと跳ね上がる。
「えっと、か、花恋と申します。ほ、本日は、清めの儀式にお招きいただきありがとうございます」
やっぱり顔を上げれないまま早口で挨拶を済ませて、布袋からつぼ陶器に入った勝利酒を取り出し、一度自分に向けて、つぼ陶器に描かれた鯉のぼりが正面になるように整えてから花ござの上に置き、時計回りに九十度ずつニ度回して、お姫さまに正面が来るように置き直してから、両手でお姫さまの前に差し出した。その両手がわずかに震えてしまう。
「ああ、これが父の首を縦に振らせた勝利酒か」
「あっ、……村の人以外は参加できないのに、無理を言って、ごめんなさい……」
お姫さまの手がつぼ陶器の勝利酒を回しながら、ひとりごとのように呟いた。
会いたいと聞いていたけれど、どうやらお姫さまはそうではなかったと言葉の冷たさで分かり、居心地の悪さから目尻にじわりと涙が出て集まってくる。泣いているのが分かったら面倒くさいと思われて、帰されてしまうかもしれない。
それでもいいかもと一瞬脳裏をよぎるけど、せっかくロズが準備してくれたから最後まで清めの儀式は参加したくて、両手をぎゅっと握り、俯いている顔を更に下げて顔を隠した。
「いや、わたくしは構わない。この酒つぼの中に勝利草が浸かっているのか?」
勝利酒を回していた手が止まり、凛とした声で質問が頭の上から降ってきた。
「あっ、あの、勝利草は別にあります……」
「そうなのか?」
「は、はい! く、詳しくことは、ロズが紙に書いてくれていて」
「かれん様は分からないのか?」
「あ、えっと、ごめんなさい。ロズに詳しく聞く時間がなくて……」
慌てて布袋の中に入っているひと束の勝利草を取り出して、お姫さまに差し出す。「ほお」と感心するような声が聞こえて、ちらりとお姫さまの顔を窺うとほころんでいた空色の瞳と合った途端に、すっと表情が消えたのを見て、泣きたくなった。めちゃくちゃ嫌われてる——。
涙が出てこないように、袋の中に入っている二つ折りの紙を取り出して開くと、日本語じゃない文字が丁寧に並んでいる。不思議とすらすら読める文字は初めて見るのにロズみたいに綺麗で几帳面な文字で、指先で触れると、ここにいないロズにすがりたくなってしまう。文字がわずかにぼやけ、ほんの少し心が温まったその矢先、すっと紙を引き抜かれてしまう。
「さっさと渡せばいい」
言い訳をする隙も与えられず、お姫さまはロズの書いた文字を読み始めた。
「ああ、なるほど。勝利草の根元を使うのだな、長く浸すとあくが出てしまうから、ちらすようにして飲みきるのか」
頷きながら読み進めるお姫さまをそっと伺う。
リリエさんに紙を見せながら小さな声で話し合うお姫さまは笑みを浮かべている。その笑みは私には決して向けられないもので、その事実にすっと心が冷える。
仲間はずれのような疎外感にため息をこぼしたくなるが俯いて、ぎゅっと手を握りしめて堪える。きっとよそ者は入れない清めの儀式に参加させてもらえることだって、特例すぎるくらい特別なことだから……。
「かれん様」
迷いのない声で呼ばれて顔を上げると、いつの間にか勝利草とつぼ陶器の勝利酒は片付けられていた。お姫さまの冬のような空色の瞳がひとつ瞬きをすると、その涼やかな瞳にひたりと見据えられ、胃の奥がきゅうっと縮むような感覚に襲われる。
「これでは、——儀式に参加できないな」
凛とした声で、そう告げられて、動揺した私は完全に固まってしまった——。
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