結界を泳ぐ

3-1 聖女は魔物に怯える



 ノワルと手を繋ぎながら彷徨いの森を再び歩き続ける。

 ロズと一緒にノワル達に追いつくと、ノワルに大きな手を差し出され、手を添えると、昨日とは違う指を絡める恋人繋ぎをされる。

 朝の二度寝を思い出して、嬉しいような照れてしまうような、ふわふわした雲の上を歩いている心地になってしまう。


 手と手が繋がっているだけなのに、気持ちもつながったみたいで胸が高鳴っていく。

 ちらりとノワルを見上げると、優しい瞳が私を見つめていて、にこりと笑う。


「花恋様、どうしたの?」


 甘い瞳に見つめられると、すぐに赤くなる顔が恥ずかしくて慌てて伏せるとくすくすと笑われる。


 お互いに何も話さないで歩いていても、ノワルがほんの少しだけ力を込めて合図するみたいに手を握るので、私も同じように握り返してみる。また合図するようにきゅっと握るので、私もきゅっと握り返す。

 このやり取りをする度に、胸がきゅうと甘く締めつけられて、そわそわ落ち着かないのに、ずっとしていたい。


 ノワルの大きな手も温かい体温にも胸のときめきが降り積もる。ノワルと目が合うと、くいっと引き寄せられて、前を歩く二人に隠れるように頭やこめかみにキスを落としていく。熱を持ったまま引きそうにない赤い顔を見られたくなくて、また俯いた。

 小指の波模様がほんの少し浮かび上がるように光るのが目に映る。


「あれ? 小指が少し光ってるかも?」

「うん、そうだね。花恋様の魔力が、俺に流れているんだよ」

「えっ? そうなの?」


 唇にキスをしないと魔力はあげられないと聞いていたので、不思議に思い首を傾ける。

 ノワルが頭をぽんぽんと撫でると、にこりと笑みを浮かべる。


「触れ合っていれば少しなら魔力は貰えるんだよ」

「そうなんだ!」

「うん、本当に少しなんだけどね。タマゴボーロをひと粒貰うみたいな感じかな」

「それは本当に少しだね……」


 すごく微妙な顔をしていたのか、ノワルにあやすように頭を撫でられる。ノワルを見上げると、にこりと笑う。


「魔力は僅かだけど、花恋様と触れ合って、花恋様が笑ってくれると元気になるよ」


 優しい黒い瞳でまっすぐに見つめられる。


「私も。私も、だよ。ノワルと手を繋ぐと嬉しくて、元気になるよ……」


 素直に気持ちを伝えれば、ノワルも微笑み返してくれる。ほわりと温かな時間が流れていく。


「……っ!」


 突然、耳元でシャラリ、と涼やかな音が鳴る。

 いつもは付ける時にしか鳴らないので驚いて、耳の雫型のイヤリングに手を当てる。

 今までに感じたことのない妙な胸騒ぎを感じて、じわりと目に涙が浮かんでしまう。

 ノワルが涙を吸い取るように、安心させるように目尻にキスを優しく落としてくれる。


「結界の近くに魔物がいるみたいだね。花恋様に指一本も触れさせるつもりはないから大丈夫だよ」


 ノワルに優しく体を抱き寄せられて、陽だまりの匂いと温もりに包まれる。頭の上からは、囁くような声が落とされる。

 それでも初めて身近に聞く『魔物』という言葉に身がすくみ、震えてしまう。

 きっと小説の中の主人公や聖女なら勇ましく戦ったりするのだろうけど、私はただの女子大生で、野生の熊が近くに出たと聞いても家の中に閉じこもるだけだ。はっきり言って、近くに魔物がいると聞いて、外にいることが怖くて怖くて仕方がない。


「ノワル……怖い……」


 ふるふると震えてしまう身体をノワルがぎゅっと抱きしめてくれる。背中を優しくあやすように撫で、頭の上に柔らかなキスを落としてくれる。


「うん、怖いよね。花恋様を怖がらせてごめんね。結界の中に入ることは絶対にないけど、興奮した魔物が結界に気づかないで近くにいるみたいなんだ」

「絶対に入らないの……?」

「うん、結界には入れないんだ」


 ノワルを見上げて聞けば、安心するように微笑んでいて、ほんの少し力が抜ける。

 ロズとラピスも近くにいた方がいいと思い、回りを見渡して探してみても見当たらない。


「ロズとラピスがいない……っ!」

「ああ、魔物を退治に行ったよ」

「ええっ? 大丈夫なの?」

「うん、二人とも強いからね」


 ノワルがなんでもないように、にこりと笑う。


「や、やだ……。二人に何かあったら、やだよ……」


 怖くて自分で何もできないのに、ロズとラピスが魔物に向かったと聞いて、ふるふると震える身体から、ぽろぽろ涙が溢れる。二人が強いと聞いても安心出来ないし、二人に何かあったら嫌でイヤイヤとわがままな子みたいに首を横に振る。

 ノワルが悩ましそうに大きく息を吐いた。


「ああ、もう……。弟達のために泣く、花恋様もとびきりかわいいね」


 息も出来ないくらいきつく抱きしめられ、腕の中に閉じこめられる。酸素を求めて涙を溢した顔を上げれば、ノワルのしっとりとした艶やかな黒い瞳に熱く見つめられる。

 縋るようにノワルの洋服を握りしめると、大きくて熱い手を頬に添えられ、労わるような甘いキスがゆっくりと唇の上で溶けていった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る