2-10 聖女は問題に手こずる



「かれんさまー、もんだいなのー! 『あ』のつくものなーんだなの?」

「分かった! アイス!」

「ぶっぶーなの! せいかいは『あんこ』なのー」


 二日目の彷徨いの森は、ラピスクイズで楽しく歩いている。小さな手と手を繋いで、ぴょんぴょん跳ねるように一緒に歩く。


 ノワルと二度寝をして少し時間が経った後に、ラピスが部屋に突撃して来て、天使に優しく起こされてしまった。

 ロズに呆れられたが、赤い鯉のぼり林檎を見て、真っ赤になって俯いた後に顔を上げたら、ものすごく機嫌がよくなっていて不思議だなと思い、首を傾げたら今度はノワルが、にこりと笑って頭をぽんぽん撫でられている内に出発の支度が整っていた。


「ラピスのクイズ難しいね……。全然当たらないよ」

「つぎは、かんたんなのー!」


 このラピスのクイズはすごく難しくて、ラピスが思っているものと同じじゃないと正解にならないのだ。


「『だ』がつくもの、なーんだなのー?」

「だ……大根!」

「ぶっぶーなのー。せいかいは、かれんさまなのー!」

「ええっ? ラピス、私の名前に『だ』は付かないよ?」

「ちがうのー。だいすきは、かれんさまなのー!」


 心臓を打ち抜かれるってこういうこと?

 この可愛い天使に胸のキュンキュンが止まらない。ラピスを抱き上げて、ぎゅっと抱きしめる。


「私もラピス大好き……っ!」

「ぼくもだいすきなのー」


 ラピスのぷにっとした唇が押し当てられる。


 ——ぽんっ


 尻尾をぶんぶん振るもふもふ龍のラピスに変身する。もふもふを両手で捕まえて、空色のふわもふのお腹に顔をそっと埋める。とくんとくんと動く心臓の音に合わせて、ふわもふの毛が顔に当たり、幸せな気持ちに包まれる。


「ふわもふだね……っ!」

「かれんさまーくすぐったいのー!」


 前足でテシテシ優しく叩かれ、ラピスのもふもふを名残惜しく思いつつ手放すと、翼をパタパタ動かして飛んでいき、ノワルの近くをパタパタと飛んでいる。

 どうやらふわもふパラダイスのお腹はくすぐったいらしい。


「カレン様は、ラピスのふわもふがお好きなのですか?」

「うんっ! ふわもふも、もふもふも大好きだよ。ロズも龍になるとビロードみたいな手触りなんでしょう?」


 ロズはやっぱり赤色の龍なのかな、どんな手触りみたいなのかなとワクワク想像しながらロズに話しかける。


「カレン様は、私の龍姿が見たいのですか?」

「うんっ! いつか触ってみたいな……。駄目かな?」

「いえ、いいですよ。興奮するようなキスをして頂けるのは大歓迎ですので」

「……へ? コウフン?」

「はい、興奮するようなキスです」

「ふえっ?」

 

 興奮するようなキスの発言に驚いて、鯉のように口をぱくぱくと動かしていると、ロズがくすりと笑みを零す。ゆっくりと細くて長い人差し指をちょんと自分の唇に付けて、弧を描いた。


「今からでも大丈夫ですよ」

「ひゃあ! そんなの分からないよ……っ」


 恥ずかしさが込み上げて来て、赤くなった顔をぶんぶんと横に振る。


「ああ、なるほど。分からないと出来ませんよね」


 真っ赤な赤べこ人形みたいに首をこくこくと縦に動かす。


「仕方ありませんね……お手本を見せましょうか?」

「うんっ?」

「はい、やってみますね」

「ひゃああ! 待って待って! 今のは驚いただけなの!」

「カレン様は私とキスをするのが、嫌ということですか?」


 悲しそうに眉を下げるロズは儚げな美少年そのもので、ものすごい罪悪感に襲われる。


「ち、違うよっ! 嫌じゃないの! ちょっと驚いただけなの!」


 慌てて思ったことを伝えると、ロズが花が咲いたように笑う。その笑顔に胸がきゅうっと締めつけられる。心臓がとくとくと音を立てて、耳の奥が赤くて痛い。

 いつの間にか背中に木があって、これ以上後ろに下がることが出来なく無くなっていた。

 ロズに優しく引き寄せられ、腰に腕を回される。


「カレン様、汚れてしまいますよ」

 

 目の前に綺麗なロズの顔があって、射抜くように見つめられる。

 どうしてこんなに色気を纏っているのか分からないけど、ロズの色気を直視出来ずに俯いてしまう。

 くすりと笑みを漏らしたロズの細い指が顎を掬う。


「それだと、キス、出来ないよ?」

「……っ」


 視線が絡んだロズの赤い瞳の中で、真っ赤で情けない顔をした私が映っていて、慌てて目をぎゅっと瞑る。目の奥がチカチカする。


「興奮するキスはね……」


 ゆっくりロズの香りが近づいて来る。

 緊張が最高潮に達しようとした瞬間。


「かれんさまーロズー! おそいなのー!」


 前を歩くラピスとノワルがこちらを見ていて、ラピスが人型になって、ててっと私達に向かって走って来るところだった。

 ロズと顔を見合わせて、くすくす笑いあってしまう。


「また、今度ね?」


 いつものように甘くて優しい触れるようなキスが一瞬落とされる。

 小指がほっとするような淡いピンク色に煌めいていた。

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