1-7 聖女は旅の準備をします


 

 はじめてのキス——。


 それも初めてなのに、とびきりの美青年と美少年と連続で二回も体験をして、心臓がうるさいくらいに飛び跳ね回っている。


 すごく熱くなった顔を両手で覆い、うつむいた。

 目を閉じて、頬の熱さを冷まそうとする。何度も深呼吸を繰り返すと、ようやく少し落ち着いて来る。


 ——くうぅ……


 可愛らしい音に、ぱっと顔を上げると、ラピスがお腹を両手で押さえて、泣きそうな顔をしていた。

 天使はお腹の音さえも、やっぱりかわいいらしい。


「かれんさまーぼく、ぼく……おなか、すいたよ……」


 ラピスがよいしょっとお膝に上って来て、小さな手で私の頬をむにっと挟む。


「いただきますなのー」


 ラピスに顔を寄せられると、ちゅう、とキスをされた。


 ——ぽんっ


 可愛らしい音がなると、目の前にいたラピスが小さな青い龍に変わり、パタパタと翼を動かして宙に浮いている。


「……えっ?」

「だめなのーもっとなのー」


 驚いて顔を離そうとすると、青い龍に文句を言われる。声がラピスだったので、青い龍はラピスだと分かり安心した。そう言えば、三人は龍だと言っていたのを思い出す。

 

 目の前の青い龍ラピスの腕の下に、そっと手を入れて支えるように抱っこすると、パタパタと動かしていた翼の動きが止まる。

 想像していたような大きくて固いうろこではなく、柔らかいもふもふの毛で覆われている。ラピスの青い髪と同じ青色のもふもふの毛で覆われていて、私の手が触れているところがもふもふして気持ちいい。大きさは小型犬くらいで人間のラピスと同じで、とっても可愛らしい。


 ラピスはちゅう、と小さな唇をしばらく離さないままだった。途中からペロペロと青い龍ラピスに舐められると、くすぐったくて身をよじる。

 もふもふの尻尾が左右にふりふり揺れていて、喜んでいる気持ちが伝わってくるので、こちらも嬉しくなってしまう。

 青い龍ラピスから雨上がりの柔らかな春の匂いもふわりと漂っていて、もふもふな感触と合わさり、とても落ち着く。


「ごちそうさまなのー」

 

 最後にぺろりと唇を舐めて、ラピスが離れる。

 小指がほんのり淡く金色に光ると、すぐに消えた。


 ——ぽんっ


 また可愛らしい音がなると、ラピスは元の天使のような人間の姿に戻っていた。


「ぼくも一日三回にするのー。かれんさま、かわいいあじがするのー」

「ラピスは、まだ幼いので龍の変身が完璧に制御出来ないのです。カレン様の魔力に興奮すると、龍になってしまうみたいですね」

「かれんさまーまた食べたいのー」


 ロズの説明だと、ラピスとキスをすると青いもふもふ龍のラピスが見れるみたい。それはちょっと楽しみだな、と思ってしまったのは内緒です。

 ラピスがぎゅうっと抱き着いて来たので、天使みたいなラピスが可愛くて、雨上がりの柔らかい春の匂いに包まれて、温かい気持ちになる。


「魔力も少し・・補充出来たことだし、今から彷徨いの森を出ようか」

「それがいいですね」

「しゅっぱつなのー」

「まずは、花恋様と俺たちの服装は旅には向いていないから、着替えた方がいいな」


 ノワルの言葉にロズが頷いた。


 ——パチン。


 ノワルが指を鳴らすと、ノワルとロズとラピス、それに自分の身体が淡く金色に光ると、執事服と洋服からあっという間に旅の装いに変わっていた。


 ノワル達三人は、オフホワイトのインナーに動きやすそうな黒色のベスト、それに膝丈くらいの金糸で縁取りされた黒のフード付きマント。このマントの内側の色が、ノワルが黒に近い銀色、ロズは赤色、ラピスは青色だ。


 私の格好を鏡で確認したら、しっかりした生地のオリーブ色のワンピースを着ていて、そのワンピースの裾に控えめに黒、赤、青で小指と同じ波模様の刺繍がされている。そして、三人とお揃いのマントの内側は、少し淡めのピンク色だった。


「これって魔法だよね? ノワルってすごいんだね! ありがとう……っ」


 旅に出かける魔法使いみたいな格好は、とても可愛くて、くるりと鏡の前で回ると、着替えと同時に高めに結ばれていたポニーテールの毛先も一緒に揺れる。


「花恋様は、かわいいね」


 ノワルが優しく微笑み、頭を優しく撫でてくれる。

 途端に頬が熱くなってしまう。

 お日さまのぽかぽかした春の匂いに包まれると、癒されるのに、そわそわ落ち着かなくて困ってしまう。


(うう、子供っぽい事しちゃって、恥ずかしいよ……。あれ、でも私が着ていた洋服どこに行っちゃったんだろう……?)


 不思議に思ったことが顔に出ていたのか、ロズがにっこり笑みを浮かべる。


「カレン様のお洋服は、洗濯機で洗っていますよ」

「えっ?」

「ちゃんと洗濯ネットにお入れして、おしゃれ着洗いコースで洗っております」

「え、へっ……」

「洗濯表示通りにしたのですが……カレン様は手洗い派でしたか? それならば今からやり直し致します」

「ううん! 大丈夫! おしゃれ着洗いコースで充分だよ!」

「本当ですか……?」


 美少年のロズがしょんぼり困ったような顔で、首を傾ける。


「本当だよ! 洗濯機があることに驚いただけだから……」


 ロズの曇っていた表情が、納得したように表情を和らげた。


「この家はカレン様のいた世界とほとんど同じだと思います。洗濯機で洗った洋服は、あちらの部屋にあるクローゼットに自動的に収納されるようになっているのです」

「そ、そうなんだ……」


 驚き過ぎて目を大きく開いてしまう。

 確かに洗濯機はあったけど、自動でクローゼットに収納はされない。

 魔法の概念が思っているものと違い過ぎて、反応に困る。すっごく困る。


 色々な事がいっぺんに起こり、意識から外れていた家の中も、改めてぐるりと見渡した。

 先程まで座っていたL字型のゆったりしたソファや木目の優しいテーブル、ミントグリーンのカーテン。お洒落だけど、温かみのある空間に和み過ぎていた。


 まるで自分のいた世界のお洒落な家にいるみたい。


「あ、あの、……今更だけど、ここは誰の家なの?」

「ああ、この部屋は、たつや様の家を参考に花恋様が寛げるように、俺が拡張魔法で作ったものなんだ」

「……。へっ?」


 まぬけな声を上げると、ノワルが落ち着いた様子でにこりと微笑む。


「見たほうが早いかな」


 そう言うと、ノワルが私の手を優しく引いて、玄関でこげ茶色のロングブーツを履かせると、みんなで外に出た。


「あの……、これは、どういうことなの?」


 目の前に、意識を無くす直前に見ていた大きな湖と木立が広がっている。改めて見ると湖はとても透き通っていて、すごくきれい。柔らかな風が吹くと木立の木々は優しく緑の葉を揺らし、木漏れ日が湖に差し込み、煌めいていた。とても幻想的な光景にうっとり魅入ってしまいそうになる。


 そして、あの広かった家を外から見てみるとカーキ色の小型テントになっていた。

 小型テントの横には、たっくんの鯉のぼりのポールが立っていて、一番上の玉がくるくる回る度にキラキラと輝いて、横の車輪もカタカタと軽快な音を立てながら回っている不思議な光景に、首を傾げてしまった。

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