第2話 漢、傷心のまま相談す(ただし相手は、敵将)

 交錯する両者の大剣だ。

 立てる音の激しさは、周囲で戦う者たちに息を飲ませた。


 敵は人間の姿をしているが、腕や脚の所々は硬い鱗が覆う特徴を持つ者たちだ。短い尻尾も生えている。龍人りゅうじんと呼ばれる『亜人あじん』の一種であった。全人類数の比率からして圧倒的に少数だが、同種族の全人が一つの部落へ集結している。ドラゴ部族と分類され、国家とするくらいの体裁は整えている。


 またも隣国アドリアへ侵攻してきた。


 友好国とするロマニア帝国は派兵をもって両者の関係に応えた。人間の部隊において最強の誉れ高い第十三騎兵団が向かう。最強の亜人族が相手であれば、ロマニア帝国のユリウス・ラスボーン騎士団長の率いる騎兵が迎え撃つ他ない。

 なぜなら龍人の膂力は人間の少なくとも三倍以上はあるとされている。しかも部族戦闘頭のアーゼクスは歴代でも最強と呼ばれるドラゴ族の猛者だ。人間の騎兵が七人がかりでようやく持てる大剣を軽々と振り回す。

 アドリア公国はただでさえ兵数が劣るところへ、強者の亜人兵団である。正面から戦えるほど強い帝国の派兵団に任せるしかない。


 任せて正解だったとする場面を騎士団長が展開させていた。


「毎度ながら感心するぞ、ユリウス。我が一振りを真っ向から受け止められる者は人間おろか同胞を含めてもキサマしかおらん」


 まるで喜び震えるようなドラゴ部族戦闘頭せんとうがしらアーゼクスだ。

 騎士団長のそばで龍人兵が突き出す剣を軽くかわした帝国の若き騎兵は誰に聞かせるわけでもなく呟く。まーた言ってるよ、と。そして自分の指揮官であり、敬愛すべき騎士団長がどう返事するか、予想がつく。

 アーゼクスほどの強者は、俺だって知らんよ。


 ところが今回に限っては見事に外れることとなる。

 アーゼクスほどの強者は、と切り出すところまでは当たっていた。問題はその後だった。


「妻を得るまで婚約を何度、破棄されたか、教えてくれないか」


 刀を突き合わせる体勢から顔が間近にある敵へ、ユリウスが力のこもった目で問う。


 しばしの間を開けてからだ。


 龍人アーゼクスは真剣な面持ちで訊き返す。


「ユリウスよ、それは敵の油断を誘う新手の戦法か」

「戦法? そうだ、戦法だったら、どんなに良かったか。俺だって三回も婚約破棄されたら平気でいられるものか」


 ぐっと踏み込むユリウスにアーゼクスは押された。


 足元で砂埃が立てば、両者の間に距離が生まれる。互いの大剣が届かない間が生まれれば、ならばと龍人の猛将は改めて問う。


「ユリウスよ、心理戦を仕掛けてきたわけではないというのだな」

「当たり前だ。三回などと具体的なことを、なんで俺がわざわざ言う? おかしいだろ」


 たぶん自嘲しているつもりだろうが、相手のせいとするような口調だ。つまり八つ当たりだと、ユリウスの近くにある部下たちは判断する。

 無論、敵方が理解にまで及ぶはずもない。ただ問題はすでに四度も激突している相手である。両者とも指揮官自ら真っ先に敵陣へ挑む、心が熱い生真面目な性格の持ち主同士である。しかも双方が好敵手と認める間柄へ至っている。


 ここでは、これが仇になった。


「ユリウスよ、我が認める戦士であれば答えよう。妻を得るまで、婚約者が何人いたかという質問でいいのだな」

「ああ、そうだ。ドラゴ部族、いや龍人族最強の戦士とされるアーゼクスに問おう。いや問うなど失礼だった、ぜひ教えてくれ」


 ずいぶん必死な指揮官に第十三騎兵団に微妙な空気が流れていく。いちおう剣は降ろさず戦いは放棄していないもののだ。どうも気合いは今ひとつとした感じだ。

 敵陣営もまた同様に戦いよりも、とする空気だ。戸惑いを隠せない。

 戦闘よりも耳を傾けるが両軍の共通とする態度へなっていた。


 すっかり交戦の空気が緩まるなか、龍人アーゼクスが切り出す。


「ユリウスよ、おまえの勇猛さに感服していれば、我が個人のことなれど伝えよう。妻を得るまでにした婚約の数だが……」

「何回なんだ。三回くらいは当たり前なのか。それともたかがこの回数で落ち込むなど、まだまだ鍛錬が足りないのか」


 懸命に尋ねるユリウス・ラスボーンは今や自国のみならず大陸全土に名を轟かす人物である。不敗の闘神、いかなる劣勢すら凌ぐ勇猛な騎士。敵将すら賛辞を惜しまない戦士であるはずなのだが……。

 今日の戦場においては、敵味方関係なく多くの騎兵に憐れみを催させていた。


 ユリウスよ、とアーゼクスが呼んだ。


「どうなんだ、アーゼクス。やっぱり三回くらいは普通なのか」


 勢い込むユリウスに、言い辛そうに口を開く。


「……ゼロだ」


 えっ? 実直にこれ以上にないほどの理解不能を示すユリウスだ。


 アーゼクスは続けた。


「我が妻オルフェスとは幼馴染みの間柄。物心がついた歳に交わした未来永劫共にあるとする約束を果たしている。ゆえに婚約破棄どころか、男女交際の破局すら経験した試しはない」


 一陣の風が吹いてきた。

 交戦の手が止まった騎兵や龍人兵の間を駆け抜けていく。

 難しい顔をしたアーゼクスの頬を叩く。

 両手で大剣を握るまま硬直したユリウスへ、寒々しいとする演出の一役を買っていた。


 ……ユリウスよ、とアーゼクスが呼ぶ。いつまでもこうしてはいられないとする現状分析に、気遣いもあっただろう。龍人の猛将にしては珍しくためらいがちだ。


 いきなりだった。

 がばっとユリウスは顔を上げるやいなやだ。


「ちっくしょぉおおおおおー!」


 雄叫びが、天を衝く。


「ずるい、ずるいぞ、アーゼクス。俺とお前はよく似ていると思っていたのに、幼なじみが妻? フラれたこともない? どういうことだ。羨ましすぎるぞー!」


 まるで子供みたいな悔しがっている。とても勇名を響かせるほどの騎士には見えない。

 だがその後における気迫は凄まじかった。全身から炎をまとうかのような闘いぶりを見せる。あまり褒められた類いの闘志ではないにしろ、取り敢えず味方の士気を高めたし、敵の戦意も多少なりは削いだ。


 こうしてドラゴ部族によるアドリア公国侵攻を、少々恥をさらしながらであったものの、今回もまた防ぐことに成功したのであった。

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婚約破棄され続きの騎士は想いが重い王女の愛で進撃す! ふみんのゆめ @fumin-no-yume

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