ウザがられる正義感
「こんな報告書ありえません!」
「お前の手にあるじゃないか」
「そういう意味じゃありません!」
冒険者ギルドの二階にあるギルドの支部長室から言い争うような声が響く。
「魔物の姿が確認できないから問題なし。以上で調査を打ち切るだなんて本気で承認するんですか?」
「そのつもりだ」
「どうしてですか!」
最近頭皮が透けて見えるようになってきたことを憂う中年の支部長が座るデスクに女性が拳を叩きつける。
腰まで伸びる艶やかな茶色の髪に整った顔立ちをした妙齢の女性はなんてことはないように答える支部長に険しい表情を向けていた。
綺麗な顔立ちをしているのに眉間には深い縦じわが刻まれている。
「村一つ全滅しているんですよ! 特異な魔物の可能性もあります。詳細な調査が必要です。さらには村で生き残った人をそのまま行かせてしまったのですよ!」
女性が手にしているのはタビロホ村で起きた魔物の襲撃事件の報告書であった。
村一つの住民ほとんどが魔物に惨殺されてしまうというかなり大きな事件であったにもかかわらず報告書の内容は薄い。
薄いどころかほとんど内容などなく、目視で分かることを並べ立てて調査を打ち切るという乱雑な報告を上げてきていたのである。
こんなもの報告書として認められないと女性は憤っている。
「リチア、生存者がどう生きていくのか無理強いなどできない。彼らが村を襲撃した魔物を追いかけるというのなら私たちに止める権利はないのだ」
「止める権利はなくとも説得は試みることができたでしょう!」
「それは我々の仕事ではない。我々の仕事は調査だ。生存者の保護も半ばボランティアみたいなもので強制力もない」
リチアは支部長の物言いに呆れるしかなかった。
「時間も資金も人も有限だ。噂に過ぎない正体不明のスケルトンを探し出して討伐する余裕はない」
スケルトンが村を全滅させたなどにわかには信じ難い話である。
仮にスケルトンだとして村にもう魔物がいなかった以上探し出すことも難しい。
スケルトンは倒したところで得られるものがほとんどない。
不確定な情報を信じてスケルトンを探すのは利益がないどころか損でしかないのである。
「他の人が襲われたらどうするんですか?」
「その時はまた調査する」
「全部事後に対応するのですか?」
「事前に対応するとでも言うのかね? 魔物の被害を事前に防ぐというのか? そんなこと魔物をこの世から根絶でもしない限りは無理だ」
「ですがこの事件の魔物による被害は減らせるかもしれません」
「……ならば君がやるといい」
「えっ?」
「そこまで言うのなら君がやりたまえ」
支部長は深いため息をついた。
もはや相手にしているのも面倒だと思った。
「報告書が気に入らないのなら君が好きなように調査したまえ」
リチアはどんなことを言おうと納得して引き下がることはない。
ならばリチアの好きにやらせてやる。
「ただしすでに終わった調査だ。追加の人員も追加の費用も出せない。お前の仕事としてやらせてやるだけありがたく思え」
支部長は恩着せがましく鼻を鳴らす。
「一人だけ連れて行くことを許可してください」
「ん? ……はぁ、誰だ?」
「ウィグリーンを」
「ウィグリーン……ウィグリーン・ベスダングか?」
「そうです」
「出張費も出ないということに奴が納得するなら連れていけ」
「分かりました。ありがとうございます」
リチアは支部長に頭を下げると部屋を出ていった。
支部長は再び深いため息をつくと背もたれに体を預けた。
「リチア……あの子の村も魔物に滅ぼされたからか……今回のことに余計な情を抱いているようだな」
支部長は改めて報告書に視線を向ける。
確かに内容は薄いがそこに色々なものを投入するほどの危機感を覚える事件にも思えなかった。
「まあいい……好きに調べるといいさ」
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