黒い心、黒い魔力5

「た、助けてくれ……」


 こんな状態になってようやくブラウは自分が殺されるのだと自覚した。

 全てのことを自分の都合の良いように解釈して人殺しまでやってきたブラウはとことんまで性根が腐っていた。


 ブラウの中でのクリャウは弱くて何もできない少年のままで、村の事件だってクシャアンにも似たクリャウのことを始末できる正当な理由ができたぐらいに考えていた。

 過去に囚われっぱなしだった何もかもを終わらせられると思っていたのに、気づいたら何もかも終わりそうになっていた。


 情けなく笑顔を浮かべたブラウはクリャウに命乞いをし始める。

 謝って、どうにか丸め込めば命ぐらいは助けてもらえるかもしれない。


 そんな浅はかな考えがブラウの中にはあった。

 

「……許さないよ」


「えっ?」


「俺はあんたを……許さない」


 少し前のクリャウだったら許していたかもしれない。

 村の人を殺してしまった罪悪感もあったしブラウは悪い人ではないという印象があったから。


 けれどもそれらは全てブラウの印象操作のせいだった。

 村の人がクリャウに冷たかったこともブラウのせいであるし良い人に見えていたのもシャテラに手を出そうとしていたからだった。


 命の恩人である父親であるクシャアンを殺したことから始まりクリャウから全てを奪い去った。

 村の人が死んだのだってブラウがクリャウたちを孤立させようとしたものが残っていた結果に起きたことだとも言える。


 クリャウはなんと言われようとブラウを許すつもりはなかった。

 もう許すには全てが遅過ぎたのである。


「それに……スケルトンさんもあなたを許す気がないようだ」


 これまでスケルトンから感情というものを感じたことはなかった。

 けれども今はスケルトンから激しい怒りを感じる。


 スケルトンはブラウに対して怒っている。

 最初はクリャウが抱える怒りをスケルトンも共有しているのかと思ったけれどスケルトンの怒りはクリャウのものよりも大きいように思われた。


 ミューナが言っていたスケルトンが協力してくれる目的というやつがブラウだったのかなと今は感じている。


「まさか……俺のことを殺すのか?」


 震えた声でブラウが問いかける。

 しかしクリャウは暗い目をしたまま答えない。


「スケルトンさん、こいつを……」


 クリャウが命令を下そうとした瞬間スケルトンがクリャウの方を振り向いた。

 そしてゆっくりと首を横に振った。


「スケルトンさん……?」


「ぐっ……」


「えっ……」


 なぜそんな行動を取ったのか。

 クリャウが不思議に思っていると再び前を向いたスケルトンはブラウの胸を剣で貫いた。


 スケルトンに命令は下そうとした。

 しかしまだその心のうちは決まっておらず殺すか殺さないか迷っていた。


 なのにスケルトンはブラウを殺した。


「かふ……」


 ブラウの口から流れ、ほんのわずかに抵抗を見せていた体がだらんと力を失った。

 スケルトンが手を離すとブラウは力無く地面に倒れる。


 クビは骨の手の形にへこみ、虚ろになった目は何も映さない。


「うっ……」


 クリャウの目から一度引っ込んだ涙が再び流れ出した。

 短い間に何もかもがあり過ぎた。


 父親の死や周りが異常に冷たかった理由を知った。

 さらにはブラウが仇であって、大きな怒りを抱えたがそれが恨みにまで変わる前に死んでしまった。


 父親の仇であるブラウが死んだというのにクリャウの胸の中には何も残っていなかった。

 むしろ再び父親が死んでしまったかのような大きな虚しさだけが胸に大きな穴を開けてしまったかのようだ。


 クリャウは泣き崩れる。


「うぅ……」


「クリャウ……」


 自分の感情が分からなくて、自分の感情をどうしたらいいのか分からなくて、ただクリャウは泣いた。


「ス、スケルトンさん……?」


 ミューナがクリャウを慰めに行こうとした時だった。

 ジッとたたずんでいたスケルトンがゆっくりと膝をつきクリャウのことを抱きしめた。


 ブラウを持ち上げていた時とは違う、クリャウを気遣う優しい抱擁だった。

 クリャウが顔を上げるとスケルトンはクリャウの頭を撫でる。


 スケルトンに表情などない。

 なのになぜか優しく微笑んでいるようにも感じられた。


 どうしてスケルトンがこんなことをしたのかクリャウには分からない。

 でもスケルトンがクリャウのことを眺めようとしてくれていることだけは確かだった。


「ありがとう……スケルトンさん……」


 クリャウはスケルトンに抱かれて泣いた。

 流れる涙はスケルトンの胸を伝って地面に垂れた。


 どれだけ泣いてもスケルトンは優しくクリャウの頭を撫でてくれていたのであった。

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