とある村が滅んだ日

「よいしょ……」


 クリャウは村のはずれにある穴に来ていた。

 以前投げ捨てられて、スケルトンと出会ったあの骨がたくさんある穴である。


 木に縛り付けて穴の中に降ろしたロープを伝って穴からクリャウが出てきた。

 目的は実験だった。


 スケルトンが生まれたのは黒い魔力のせいかもしれないと考えていたクリャウは骨に魔力を与えたらスケルトンが出来るのかどうかを確かめようと思った。

 穴の底に降りて黒い魔力を骨に放つということをここ数日繰り返していた。


 スケルトンを増やそうなんてつもりはないけれどスケルトンが黒い魔力から生まれるのか気になったのだ。


「うーん、やっぱり違うのかな?」


 今日はひとまず穴の中の様子を見にきたけれどスケルトンは増えていなかった。

 骨にも何の変化も見られない。


 黒い魔力が原因ではなくたまたまスケルトンが発生したのか、それとも黒い魔力に加えて何か別の要素が必要なのかと考える。

 チラリと今日もクリャウの言うことを聞いてついてきてくれるスケルトンに視線を向ける。


 もしかしてこのスケルトンが何か特別なのかもしれないということもある。


「まあいいや。とりあえず家に帰ろう。今日はムルングさんのお店のゴミ捨ての日だ」


 黒い魔力を持ちまだ子供のクリャウは村の人に頼み込んで子供でもできるようなことを手伝わせてもらって少しのお金を得ていた。

 生活するのにも全く何も足りていないがクリャウの家にはお金もないので自分でどうにかするしかないのである。


 今日は定期的にやらせてもらっているムルングという人のお店のゴミを村の外にあるゴミ捨て場に運ぶという手伝いだった。

 ゴミ捨て場には魔物が出るかもしれないという危険がありながら必死にゴミを運んでもパン一個買えるかというお駄賃しかもらえないが、パン一個でも買えればクリャウにとってはありがたい話である。


「…………ウソだ」


 村に近づいてくると赤い火が見えた。

 何だろうと思いながら歩いていくとクリャウの家が真っ赤な炎に包まれて燃えていたのであった。


「あっ……クリャウ……」


 家の近くには普段からクリャウに暴言を吐いて石をぶつけてくる子供たちがいた。


「ウソだウソだウソだ!」


 クリャウは燃え盛る自分の家に駆け寄る。


「うっ!」


 まだ中のものは何か持ってこれるかもしれない。

 建て付けが悪くなってちゃんと閉まらなくなったドアを押して開けた瞬間中から熱風が炎と共に噴き出してきてクリャウは後ろに転がった。


 家の中もすでに赤い炎が広がっていて何もかもを焼き尽くしていた。


「どうして……どうしてこんなことをした!」


 クリャウは泣きながら気まずそうにしている子供たちのことを睨みつけた。

 何もなく家が燃えるはずがない。


 ここに子供たちがいるということは何かをしたのだ。


「お、お前が悪いんだぞ! 大人しくしとけばよかったのにおかげでパン屋のオヤジに俺たちが盗んだってバレたんだから……」


「なんだと?」


「だからちょっと驚かせようとしたんだけど、魔法覚えたてだから調整ミスって」


「だ、だから俺たちのせいじゃない! 役立たずのお前が悪いんだよ!」


 先日パン屋のオヤジに盗みの疑惑をかけられた。

 それは子供たちのせいであったのだが、本当にパンは盗まれていて盗んだのは子供たちなのだった。


 クリャウがあまりにも必死でパンを守ろうとするものだから疑いを持ったパン屋のオヤジが子供たちを問いただして真相が明らかになった。

 その腹いせに子供たちは覚えたばかりの魔法でクリャウを驚かせようとした。


 火を放って、軽く火傷をしても構わないだろうと考えていた。

 しかしタイミング悪くクリャウは穴を見に行っていた。


 そのために暇を持て余した子供たちは遊び半分で魔法を放ったのだが力の調整を誤りクリャウの家に火をつけてしまった。

 慌てた子供たちは消火も何もせずただ火が燃え広がるのを眺めてしまった。


 もはや手遅れ。

 取り返しのつかないところまで炎は広がっていた。


「うわあああああっ!」


 泣きながらクリャウは子供たちに殴りかかった。


「なんで! そんなことで!」


 家はクリャウの全てだった。

 住む場所というだけでなく自分のものも亡くなった両親のものも全部置いてあった。


 温かい思い出もクリャウの人生の全てがそこにあった。


「チッ……しつこいんだよ!」


 一発殴られて苛立った体の大きな少年がクリャウのことを殴り返す。

 クリャウは情けなく地面を転がり、涙が地面に流れる。


 燃える家を見て村の大人たちが集まってくるけれど火を消そうとする人もいなければクリャウに声をかけるような人もいない。

 子供たちは反省もせずクリャウが悪いと言う。


 胸にナイフでも突き立てられたような気分だった。


「……みんな…………みんな死んじゃえ」


 クリャウは爪を立てて地面を掴む。

 抑えようもない怒りが胸に広がり自然と黒い魔力が溢れ出す。


 それを見て子供も含めてみんなが気味悪がるような視線をクリャウに向けた。


「スケルトンさん……俺の魔力あげるから……みんなを殺して……」


 悪いのは子供たちである。

 しかしただ眺めているだけの大人も普段から手を差し伸べてくれない大人も今クリャウのことを蔑むような目を向ける大人も全員同罪だった。


「みんな、いなくなっちゃえばいいんだ!」


 クリャウの感情が爆発して手をスケルトンに向けた。

 黒い魔力が放たれて姿がぼやけるほどの魔力がスケルトンを包み込む。


 スケルトンが剣を抜いて走り出した。


「ひっ!」


 クリャウを殴り飛ばした子供の首がスケルトンによってはね飛ばされた。


「助け……」


 スケルトンは容赦なく子供たちを剣で切り捨てる。


「きゃー!」


 周りで見ていた大人から悲鳴が上がる。

 あれだけのことをした子供たちは一瞬で死に絶えた。


 スケルトンは止まらない。

 クリャウの命令は村の全ての人の命を奪うことだから。


「ま、魔物だ!」


 大人たちはようやくスケルトンの正体に気がついた。

 けれどスケルトンはクリャウの魔力で強化され素早く大人たちも切り裂いていく。


「うっ……うぅ……」


 クリャウは地面に丸くなって泣いていた。

 耳に悲鳴が届いているのだけど頭にまでは届かない。


 全てを失った悲しみ、怒り、恨みが今のクリャウを支配していた。


「何をしている!」


 狩りに出ていた大人たちが帰ってきた。

 スケルトンに切り殺され、逃げ惑う大人たちの騒ぎを聞いて怒りの表情を浮かべて剣を抜く。


「スケルトンだと!? なぜこんなところに!」


「さっさと倒すぞ!」


 スケルトンは黒い魔力をまといながら暴れ続け、逃げようとする女性を背中から切り付けた。


「ベナン! ……くそっ!」


 これ以上被害者を増やしてはならない。

 男たちがスケルトンに切りかかる。


「スケルトンなど……なっ! ぐっ!」


 スケルトンは力も弱くただ剣を振るだけの魔物で倒すことも難しくない。

 一撃で終わらせてやると剣を振り下ろした男は容易く自分の剣を受け流されて胸を突き刺されてようやく目の前にいるのがただのスケルトンではないと気づいた。


「ブルーナ!」


「こいつただのスケルトンじゃないぞ! みんなでかかるんだ!」


 力も強いし剣術を駆使している。

 男たちが一斉にスケルトンに切りかかる。


「どうしてこんなことに……」


 クリャウは顔を上げて燃える家を見た。

 ピークを過ぎて家の炎は少しだけ弱くなっている。


 せめて両親の遺品だけでも持ってくることができたらよかったのに。

 お金や家財などどうでもいい、思い出の品ぐらいは手にしておきたかった。


 涙が止まらない。

 スケルトンがどうなっているのかもわからない。


 ただいつの間にか悲鳴は聞こえなくなっているなと思った。


「スケルトンさん……?」


 スケルトン特有のかしゃかしゃと骨がぶつかる音が聞こえてクリャウは視線を向けた。

 与えたローブが返り血で真っ赤になったスケルトンは次の命令を待つようにクリャウの前に立っていた。


 その後ろには村の人々の死体が至るところに倒れているのが見えた。

 クリャウがとても勝てない体つきのいい子供も、クリャウのことを穴に投げ捨てたパン屋のオヤジも、ちゃんと魔物と戦うことができる村の大人も全員が死んでいた。


「……ありがとうスケルトンさん」


 ただクリャウは多くの死体を見ても何の感情も湧かなかった。

 気分の良さもなければ、だからといって罪悪感もない。


「みんな死んじゃった。……ここにはいられないな」


 きっと村がこんな状態になれば誰かが調査に来る。

 クリャウはともかくスケルトンは倒されてしまうだろうと思った。


 暗い目をしたクリャウは村を離れることにした。

 もう何もない。


 誰もいない村なのだからいる必要もない。


「行こう、スケルトンさん。こんなところ……もう嫌だ。どこに行こう……俺のことを馬鹿にしないところがいいな……」


 ある日、とある村が滅んだ。

 何の特徴もない平和な村だったのに白昼に魔物によって滅ぼされたのだとクリャウの家から少し離れたところにいて生き残った人が伝えた。


 しかし調査に入った冒険者が村に向かった時にはもう生きている人も死んで動く魔物の姿もなかった。

 スケルトンが暴れた影にクリャウがいる。


 そのことを知っている人はクリャウ以外にいなかった。

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