34.「結婚式(前)」

「え……あれ……? 結婚……? まずは付き合うじゃなくて……え……?」


 何やら混乱している様子のレン。

 まるで鯉のように、口をパクパクさせている。


 ん?

 聞こえていなかったのか?


 ならば、と、俺は再び口を開く。


「結婚しよう」

「!!!!!」


 先程よりも幾分静かに、しかしじっと目を見詰めて、そう告げる。

 すると――


「……はい……」


 ――声を震わせるレンの頬を、雫が伝った。

 泣き笑いの顔からは、喜びが伝わって来る。

 思わず俺も、笑みを返した。


「まさか一気にプロポーズまで行くとは、思いませんでしたわ……」

「ハッ! やるじゃねぇか! てめぇの事、ちったぁ見直したぜ、眼鏡屋!」


 呆然とするジーンとテンションが上がったヴァラギスに、「ん? 何かおかしな事したか?」と、俺は問い掛ける。


「ううん。良いんですのよ。むしろ、今回の作戦を決行して、最善の結果が得られましたわ!」


 首を横に振ったジーンは、そう答えると、穏やかな笑みをレンに向けた。


「レンさん。良かったですわね!」

「ジーンさん……! ありがとおおおおおお! うわああああああん!」


 ジーンに両翼で抱き着いたレンは、声を上げて暫く泣き続けた。


※―※―※


 その翌日。


 俺は、レンと共に、彼女の故郷――ハーピーの集落へと向かった。


 こんな俺眼鏡狂いだが、彼女の両親への挨拶というのが、男にとって緊張感を伴う一大イベントである事は流石に知っている。


 俺も人の子だったのだなと思う程に、鼓動が速まっていたのだが――


「レンが選んだ相手なのだ。間違いないだろう。ラルド君。不束な娘だが、宜しく頼みます」

「そうよ~。私たちは大賛成よ~。幸せになりなさい、レン~」

「ありがとう、父さん、母さん!」

「ありがとうございます」


 拍子抜けするほどに、すんなりと承諾して貰えた。


 認めて貰えたことに安堵し、感謝の念を抱きつつ、大事な娘さんを貰う事への責任感も同時に感じ、俺は頭を下げる。


 ただ、俺が顔を上げると――


「それにしても~。なかなか良い男ね~。じゅるり~」


 ――レンの母親から妙に熱い視線を感じたような気がしたのだが……

 ……まぁ、気のせいだな。


※―※―※


 レンと話し合い、結婚式は、二回行う事にした。


 と言っても、まぁ、教会がどうのとか神父がどうのとかいう正式なものではない。

 謂わば、披露宴みたいなものだ。というか、ぶっちゃけ、パーティーだ。


 まぁ、とにかく。

 まずは、俺たちの住む家の近くの森の広場にて行う。

 その次に、ハーピーの集落にて二回目を行う予定だ。


 諸々の準備が済んだ、一ヶ月後。


「みんな、今日は来てくれてありがとう」


 森の広場に、仲間たちが集まってくれた。


 主にドラゴン二匹のせいで場所が足りないので、予め〝建築眼鏡〟を使って木を地面ごと移動させて、広場を広げてある。


 そこに集いしは、愉快な面々だ。


「千五十九ガ! 千六十ガ! 父ちゃんには負けないガ!」

「ガハハハハハハハハ! 確かに王位は譲渡したが、筋肉まで譲ったつもりは無い! 負けんぞ、娘よ! 千八十一! 千八十二!」


 まずは、豪華な食事が並べられたいくつものテーブルの横で地面に手をつき、何故か〝親指立て伏せ〟をする筋骨隆々なリムガとギガド(と、少し離れた場所で、一生懸命主人たちの真似をしようとして地面に翼をつき、プルプルしているワイバーン)。


 ……こんなんが女王とその父親で大丈夫か、この国?

 っていうか、〝筋肉を譲る〟って何だよ。


「ラララ~♪ 難破させたい~♪」

「天国のような美しい声で、地獄のような歌を歌うな」


 次に、テーブルにつきながらも、料理には目もくれず、ひたすら歌い続けるセイレーン。


「眼鏡屋の癖に、自分から告白するとは、驚きスラ!」

「唐変木の癖に、プロポーズまでしてビックリイム!」

「朴念仁の癖に、決めるべき時に決めて、驚愕ゴン!」

「愚鈍盆暗・でくの坊・分からず屋の癖にやるドラ!」


「ここぞとばかりに褒めると見せ掛けてディスるのやめてー」


 スライ、ライム、そして彼らをその頭に乗せるポイカーゴンとアスド。


「むしゃむしゃむしゃむしゃ。え? みんな食べてないのに、僕だけ料理を食べるなって? 空気なんて読む訳ないじゃないか。どうせ、読んでも読まなくても周りから罵詈雑言を浴びせられるんだからさ」


「卑屈になってんなー」


 毒事件以来、すっかり被害妄想に取り憑かれてしまったらしい、〝ミスサイコパス〟こと、勇者。


「あんた、うちの娘とか、嫁にどうだい? ちょっとサバサバ系だが、気立ても良くて美人だし、良い子だよ」

「結婚式で新郎に別の女を奨めるな」


 ダークエルフのメーテ。

 娘のルメサは、現在、レンの着付けを手伝ってくれている。


 ちなみに、レンの両親は、ハーピーの集落での結婚式のみの参加で、今日は気の置けない仲間たちと楽しんで欲しいと言って、参加を辞退した。

 

 また、ジーンとヴァラギスも、残念ながら本日は別の用事があって参加出来ないため、ハーピーの集落での式の方に参加する予定だ。


 だから、ルメサを除くと、以上が参列者となる。


 と、丁度そこに――


「待たせたね」


 ルメサが、飛行魔法でやって来た。

 そのすぐ後から自身の翼で飛翔し――


「「「「「おおおおおおおおお!」」」」」


 ――舞い降りて来たのは――


「綺麗だガ! リムガの上腕二頭筋の次くらいにだガ!」

「ガハハハハハハハハ! 見違えたぞ!」

「ラララ~♪ 綺麗過ぎてナンパされそう~♪」

「レン、美人スラ!」

「うっとりしちゃうイム!」

「アスドと同じくらい美しいゴン!」

「可愛過ぎて嫉妬するレベルドラ!」

「確かに綺麗だ。良いなぁ。僕も、本来の魔力を復活させて、美貌も取り戻せたら、千年振りに魔王に返り咲けるかな……ゲフンゲフン。っと、いけないいけない。良かった、誰も聞いていなかったみたいだ。ふぅ」

「良い女だねぇ。うちの娘と良い勝負だよ」

「ほんと、同じ女ながら、あたいも見惚れちまうくらいさ」


 ――俺とお揃いの〝純白〟で、その身を包んだハーピーの少女で――


 ――麗しいドレスを着用した彼女は、俺の眼前まで来ると、頬を紅潮させて――


「えっと……こ、ここで、その……」


 ――翼を擦り合わせ、上目遣いで俺を見た後――


「……するのよね……〝誓いのアレ〟を……?」


 ――恥じらいながらも、目を閉じ、上を向き――


 ――紅を引いた唇をそっと差し出す彼女に――


 ――顔を近付けた俺は――


 ――穏やかな笑みを湛えながら――


 ――彼女を――


「ふん」

「がはっ!」


「「「「「!?」」」」」


 ――

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