未来の技術とユートピア

@peko34

プロローグ

ワンコインで行く理想郷

「ゲームを買ってきたんだ。早速始めよう」


 突然部屋に入ってきて話し始めたのは、僕たち幼馴染4人のまとめ役、エレだ。

 彼女は一つ年上の高校3年生。最近は受験勉強に忙しく、学年も違うので会うのは1週間ぶりになる。


 あだ名で呼び合うのが仲良しの証とされていた子供時代、身長が高く、スタイルも良くて美形だった彼女は「エレガント」を縮めて『エレ』と名乗っている。

 僕もその当時、自分の名前を知らなかった事で『ユウ』と呼ばれるようになった。YOUだなんて安直だけど、他のみんなと違って外見にこれといった特徴のない僕にはピッタリだと思ってる。


 エレは幼馴染4人で、何か難しい事に挑戦するのが大好きなようで、いつも嬉しそうな顔で僕たちを厄介事に巻き込んでくる。

 そんな彼女だから、今回のように突拍子もない事を言い出すのは珍しい事じゃないけど……ゲーム?


「なんだァ、、急に、、ゲームなんて珍しいな」


 スクワットをしながら返したのはピースケ。190センチの身長に加えて、趣味が筋トレという熱苦しい男。


「というかエレ、お金無いんじゃなかったっけ? 食費も節約してたのに、ゲームなんてよく買えたな」


 ゲームに興味が無いのか、関係無い事を聞くのはMOエムオー

 エレの弟で、小柄な体型であるにも関わらず、足の速さは全国でもトップレベル。今も鏡の前で、入念に走行フォームのチェックをしている。


 子供の頃から、女性でありながらどんなスポーツでも突き抜けてしまう天才エレに、あらゆる事で負け続けた僕たち3人は、1つの武器を磨いて対抗しようとした。

 ピースケはパワー、MOはスピード、僕は特技を重点的に。

 その結果、いつも4人が集まる僕の部屋はとても熱苦しい空間になってしまっていた。


「それがな、このゲームは500円で買えたんだ。受験勉強の息抜きにはちょうどいいだろう?」


「……あ、ふーん」


 ああ。なるほど、なるほどね――ゲームと聞いて少し期待したのに……500円って、野球盤かなんかかな?


「あー、今は、、ようやく、、身体が悲鳴を、、あげ始めたところでな、、悪ィな!」


「まぁ……僕も今回はパスで」


「500円とはいえ節約をしろ、節約を」


 みんな、久しぶりにエレと会うというのに彼女に見向きもしない。休日にわざわざ1つの部屋に集まってトレーニングしている健康オタク達が、ゲームで食い付くわけがないんだよね。


「お前ら……まだ何も話してないのに興味を無くすんじゃない。というかユウはVRゲームがやりたいと、以前から言っていただろう」


「……500円でVRが買えたの?」

 

 ごめん更に興味が無くなったよ……

 今VRゲームといえば、人工的に作られた仮想世界で、プレイヤーは現実と同じように体を動かせるという、擬似体験型ゲームの事を指している。

 そんな超技術の塊がその値段な筈がないし、買ってきたのはVRという言葉が出始めた頃の、実際に体を動かすようなゲームなんだろうな。

 この狭い部屋で4人プレイなんて、絶対やりたくない。


「待て待て、更に盛り下がるんじゃない。そりゃあ気持ちは分かるが、今はちょっとした理由があって安くなっているだけだ。

 超有名ゲームクリエイターが手掛け、発売されたのも1年前という、準最新ゲームだぞ?」


「1年でワンコインまで下がるのはちょっとし過ぎだからね……絶対良い意味で有名じゃないでしょその人」


「――あーはいはい。俺は何のゲームか分かったわ。アレだ、『ユートピア』」


 ユートピア? ゲーム名かな。僕とピースケが聞いたことが無いと伝えると、MOは白けた目をこっちに向けてくる。

 

「お前らは俺ら以外にも友達を作れよ。めちゃくちゃ話題になったタイトルだろ……」


 やめなよ……ピースケはちゃんと友達を作ろうとはしてるんだから……筋肉ムキムキの大男な上に、声が大きい事が災いして全く成果は出ていないようだけど。

 僕は信頼出来る友達が3人もいて幸せだから、今以上なんて望んでいない。


「――話しを進めるぞ? そう、MOの言う通り『ユートピア理想郷』というゲームを買ってきたんだ」


「VRゲームで理想郷って、また随分大きく出たね」


「いや……それ相当なクソゲーって話を聞いたぞ?」


「ほう?」


「クラスの奴らが、ゲーム史上でもぶっち切りトップのクソさだとか。絶対やりたくないんだが?」


 僕らの中で唯一友達が多くて、最近の流行りや噂話なんかに詳しいMOが言う。


「なるほど。では聞くが、その話しをしてくれた友人は実際にプレイしてみてそんな感想を抱いたのか? 発売当時は学生が手を出せる値段ではなかったと思うが」


「え? まぁ……ネットとか、動画かなんかの評価で話してただけだと、思うけど……」


「今や動画や配信で、何かを酷評するのがお金に出来る時代だ。悪口が好きな人間は多いからな。

 そしてそんな稼ぎ方をしてる人間は、自分でも悪評を流すだろうな。だというのに、ネットの評価だけを当てにして手を出さないのは勿体無いと思わないか?」


 待って待って長いよ! 男子高校生に、反論するとちょっと格好悪くなる系の言葉で詰め寄るのやめようよ! 

 というかエレのこのムキになり方は、絶対何か不都合な事隠してるもん……


「い、いや確かにネットの評価を丸きり信じたのはちょっとダサかったかもだけど! そのゲーム、当初は20万くらいで売られてたよな?」


「…………」

「…………」


「ほーん、なるほどな! ――っし! 今日もいい汗かけたんで、ちょっくらシャワーでも浴びてくるわ!」


「はーい、いってらっしゃい」


「まてまてまてーい! いや、分かった、認めよう。確かにこのゲームは特殊だ。難易度が恐ろしく高くてな、結構な実戦経験でも無いと、ゲームを進める事すら難しいだろう」


「なんだよ実戦経験って……普通ないだろ。初めて口に出したわこの単語」


「ゲームなのにそんなもんが関係してくんのか?」


「最近のVRは、現実の身体で出来ることはなんでも出来るって聞くね。逆に運動が苦手な人はゲーム内でも苦労するみたい」


 だから今のVRは、誰でもクリア出来るようにと難易度がどんどん低くなっていると聞いたな。

 

「そう、そこで運動神経だけは馬鹿みたいに高いお前らだ。特にユウは1対1の戦いなら、誰が相手でも負ける気はしないだろう?」


「えぇ……? まぁ、準備する時間が貰えるならまず負けないと思うけど……」


 なんだか全然話しが読めない。いくら難易度が高いって言っても、運動神経が求められるゲームで僕ら3人が苦戦する訳ないし。


「それより1対1ってなんだよ。4人でやるんじゃねーの?」


「4人でやるさ。──1人用のゲームだから、1人ずつ、順番にな」


「……それ楽しいかなぁ」


「他の奴がプレイしてる間はオレたち何してりャいいんだよ。ゲーム画面は見れんのか?」


「ゲーム中での出来事は録画が出来るな。さ、もういいから、とにかくやってみようか」


 もう説得は諦めて勢いだけで押し切ろうとし始めた……ダメだな、これ今断っても明日明後日と永遠に誘われ続けるやつだ……というか――


「さっきからエレ、このゲームの事詳し過ぎない? さっき買ってきたんじゃないの?」


「いや? 買ってきたのは1週間程前だな。既に現実の時間で30時間程プレイしている」


「受験勉強の息抜きだった筈では……?」


「まあそんなものはどうとでもなるさ。それより誰から始める?」


 エレが天才特有の腹立つセリフを口にしながらVRゲームを起動する為のヘッドセットを取り出す。

 そういえばエレはVRデバイスだけは昔、話題性に乗っかって買ってたっけ。一台じゃみんなで出来ないし、楽しくないとすぐ飽きてたけど。


「やるとは誰も言ってねェのに……つかプレイ済みのゲームをオレたちにやらせて楽しいのか?」


「まあクリアは出来ていないからな」


「そんなにボリュームあるの?」


「ボリュームは――あるとは思うな」


 ――うおおっ! 鬱陶しい! なんなの、このはっきりしない言い回し! 聞いていた2人も同じだったようでいい加減目的を教えろと問い詰めている。


「分かった分かった、ただ――ネタバレはあまりしたくないから1つだけ。単純に敵が強くてクリア出来ないんだ」


「あーもう、そういうのはいいから! ――本当は?」


「……」


 何その反応……

 え? まさか……本当なの? 今までなんでも完璧にこなしてきたエレが、ただのゲームをクリア出来ない?

 だとしたら……これもしかして……あの超絶負けず嫌いのエレが僕達にクリアを任せたい、なんて話なのでは……?


「……ふふっ。ほーん、なるほどなるほどなるほどね、エレは確かに色んな事が出来るんだけど? 子供の頃にケンカした時は僕の方が強かったしね?

 まあまあまあ分かったよ! 実戦経験なら、同じ病気の人間が他にいない限り、間違いなく世界一のこの僕に任せておいてよ!」


「はぁ、簡単だなてめえは。こんなの俺たちをその気にさせる為の嘘に決まってんだろ?」


 ……む。エレの厄介さを1番知ってるMOに言われると、なんだか僕もそう思えてくる。


「……嘘なんかじゃないさ。正直、何回挑んでも先に進める気がしないんだ。

 ――そうだな、ピースケは少し向こうを向いていてくれるか? よし、これを見てくれ」


 そう言ってエレが見せたのは自分の――胸元?

 はしたないなあもう。昔エレの家に数年お世話になって以来、完全に弟扱いだな僕……

 ん? その胸元に痣のようなものが……まさか


「――ドラミングの痕!?」


 エレは負けず嫌いを拗らせ過ぎて、勝負事で負けると凄い勢いでドラミングする癖がある。こんなにはっきり痣が出るまで叩いたなんて、やっぱり……!


「そうだな。見ての通り、胸が痛くて眠れない段階まで来ている」


「や、それは知らんけど……え? じゃあ今の話しマジなのかよ……は、はは、うはははははは! おいおいマジかよ天才エレさんよォ!?」


「おいおいおいおい、本当か? てかよく見たらくちびるに歯型ついて、血が滲んでるじゃねえか! はは! 悔しさ表現のバリエーション豊かだなぁおい!」


「ちょっとちょっと、2人ともやめなよ! 負け犬状態のエレはイジるとすぐ涙目に――ふふ、あははははっ! 泣かないでよリーダー!」


 エレは既に涙目になって、プルプルと震えながら拳を強く握りしめている。

 

「言い訳は、しない。だが──そこまで笑ったのだから、お前らにも絶対にやってもらうぞ?」


「ははッオーケーオーケー!

 そうだなァ、これはオレが常々思っている事なんだが。いつもバカばっかやってるエレが、周りから天才扱いされてるのがどうにも納得いかなくてな。

 いい機会だ! 本当の天才はこのピースケ様だと世間に教えてやる!」


「……分かった分かった。ならとっととコレを付けろ」


 そう言ってエレはピースケにヘッドセットを取り付けて、ゲームを手際よく起動させる。


「っし! まァ仮想だのVRだのよくわかんねェけど、ちょっくら行ってくるわ!」


 おっと、いい笑顔。……なんだか結局エレのペースに巻き込まれちゃったな。まあいいや、僕もちょっと楽しみになってきた訳だし。

 それじゃあ──いってらっしゃーい!

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