第2話

「いや? 買ってきたのは1週間程前だな。既に現実の時間で30時間程プレイしている」

「受験勉強の息抜きだった筈では……?」

「まあそんなものはどうとでもなるさ。それより誰から始める?」


 エレが天才特有の腹立つセリフを口にしながらVRゲームを起動する為のヘッドセットを取り出す。

 そういえばエレはVRデバイスだけは昔、結構無理して買ってたっけな。一台じゃみんなで出来ないし、楽しくないとすぐ飽きてたけど。


「やるとは誰も言ってねェのに……てかプレイ済みのゲームをオレたちにやらせて楽しいのか?」


「まあ……クリアは出来ていないからな」

「そんなにボリュームあるの?」

「ボリュームは――まあ、あるとは思うが、クリア出来ない理由は他にあるな」


 あれ? 違うんだ。他に理由があるとしたら……


「あー、クソゲーの評判らしくバグが多いとかだろどうせ?」

「……バグも見た事がないな。――そうだな、ネタバレはあまりしたくないから1つだけ。単純に敵が強くてクリア出来ないんだ」

「いや、流石にそれは盛りすぎでしょ……」

「……」


 ……え? 本当なの? 今までなんでも完璧にこなしてきたエレが、ただのゲームをクリア出来ない?

 ――だとしたら……あれ? これもしかして、あの超絶負けず嫌いのエレが僕達にクリアを任せたいって話なのでは……?


「……ふふふっ。ほーん、なるほどなるほどなるほどね、エレは確かに色んな事が出来るんだけど? 子供の頃にケンカした時は僕の方が強かったしね? まあまあまあ分かったよ! 実戦経験なら、同じ病気の人間が他にいない限り、間違いなく世界一のこの僕に任せておいてよ!」

「はぁ……簡単だなてめえは。こんなの俺たちをその気にさせる為の嘘に決まってんだろ?」


 エレの厄介さを1番身をもって知っているMOは全く信じていない。そう、エレは身体能力も頭の回転も凄いんだけど、本当に厄介なのは負けても対策を練って何度でも挑んでくる諦めの悪さで、時間さえ許せば何度でも挑戦出来るゲームとは相性最高な筈なのに。


「……嘘なんかじゃないさ。正直……何回挑んでも先に進める気がしないんだ。――そうだな、ピースケは少し向こうを向いていてくれるか? よし、これを見てくれ」


 そう言ってエレが見せてきたのは、自分の胸元? って、はしたないなあもう。昔エレの家に数年お世話になって以来、完全に弟扱いだな僕……ん? なんかその胸元に痣のようなものが……

 え? まさか……


「ドラミングの痕!?」


 エレは負けず嫌いを拗らせ過ぎて、勝負事で負けると凄い勢いでドラミングする癖がある。こんなにはっきり痣が出るまで叩いたなんて、やっぱり……!


「そうだな。見ての通り、胸が痛くて眠れないレベルまで来ている」

「や、それは知らんけど……え? じゃあ今の話しマジなのかよ……は、はは、うはははははは! おいおいマジかよ天才エレさんよォ!?」

「おいおいおいおい、本当か? てかよく見たらくちびるに歯型ついて血が滲んでるじゃねえか! はは! 悔しさ表現のバリエーション豊かだなぁおい!」


「ちょっとちょっと、2人ともそのへんで! 負け犬状態のエレはイジるとすぐ涙目に――ふふ、あははははっ! 泣かないでよリーダー!」


 エレは既に涙目になり、プルプルと震えながら拳を強く握りしめている。天才が毎日の努力を欠かさない得意分野で負けたからか今日は特に打たれ弱いなぁ。

 

「言い訳は、しない。――だがそこまで笑ったのだから、お前らにも絶対にやってもらうぞ?」

「ははッオーケーオーケー!

そうだなァ、これはオレが常々思っている事なんだが。いつもバカばっかやってるエレが、周りから天才扱いされてるのがどうにも納得いかなくてな。

 いい機会だ! エレが諦めたものをクリアして、本当の天才はこのピースケ様だと世間に教えてやる! いいか!? クリアしたらちゃんとオレに負けた事を広めろよ!?」

「……諦めたつまりはないが……まぁ分かった分かった。とっととコレを付けろ」


 そう言ってエレはピースケにヘッドセットを取り付けて、ゲームを手際よく起動させる。


「っし! まァ仮想だのVRだのよくわかんねェけど、ちょっくら行ってくるわ!」


 おっと、いい笑顔。基礎知識無しに仮想世界に入るとか、どんな感覚なんだろう。まあ僕も実際に入るのは今回が初になるから、なんだかんだいって楽しみになってきたんだけどね!

 なんて考えていたら、マットの上で横になっていたピースケはピクリとも動かなくなった。無事ゲームの世界に旅立てたのだろう。


「――で、俺達はこのままただ待つ訳ね」


 MOが嫌味ったらしい言葉を掛けるがエレはどこ吹く風だ。まぁ時間が出来たならちょうどいい


「あのさ、気になってたんだけど、この開発者の人は結局何をして有名になったの?」

「このゲームのNPCノンプレイヤーキャラに搭載する為に開発したAIで有名になったんだ。AIとAIで子供を作りAIが育てるという事を何世代も繰り返して、ほとんど人間と変わらないAIを作ったそうだ」

 

 ……いや何それ、そんなの可能なの? それ以前に倫理やら何やらで炎上間違いなしの技術、ゲームに搭載してる場合じゃなくないか。いや、僕が知らないだけで、他にも利用されてたりするのかな? 世間の事はあんまりよく知らないから……

 唖然あぜんとした顔の僕を見て、エレは得意げに語る。


「驚きだろう? こんな技術を生み出した狂人が作ったゲームなんだぞこれは。楽しみになってきただろう?」

「散々そのAIを宣伝してたのに、結局搭載されなかったせいで大炎上して更に有名になったやつな」

「どういう事?」

「剣と魔法と魔物がいる無法地帯がゲームの舞台で、AIが人間だとエログロだらけのとんでもねー事になるんだとよ」

「……開発が人の心を学ぶべきだったね」


 AIに教えてる場合じゃないよ図々しいなぁっ! というかそもそもそのAI自体が嘘くさい……と、そのとき部屋の中に『ビービービービー』とピースケの付けているヘッドセットから警報音のようなものが鳴り響いた。


「ちょっ? なになに、これ何の音!? なんかヤバめな音じゃね!?」

「ああ、安心してくれ。これは一種の安全装置のようなものでな? ゲーム内で何か問題が起こると、この音が鳴り始めるんだ。それから十数秒後には強制ログアウトされるんだが、もし出来るようなら外からログアウトさせた方が安全ですよ? というように警報音が鳴るんだ」

 

「問題って、例えばどんな?」

「──そうだな、今回は本体の赤いランプが点滅しているから……怒りで感情が暴走してます、ってところかな」

「……あ?」

「……いやいやいや! え? だってまだ数分でしょ!? そんな怒る事ある!?」

「結局ネットの評判通りのクソゲーじゃねぇか……ランプが消えたな。さっき言ってた強制ログアウトか?」

「いや、ランプが全て消えるのはゲームオーバーだな。どうやらやられてしまったみたいだ」


「……言葉が見つからねーわ」

「……あんなに素敵な笑顔と自信でゲームに向かったのに…泣けるっ…!」

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