第36話 ラウラ、ドレスアップする
そしてあっという間に夜会当日。
私はやけに張り切って気合いの入ったタマラさんに、念入りに身支度を整えられていた。
「ああ、このきめ細やかで吸いつくようなお肌……! 最高のコンディションです!」
この日のために数日間特訓を重ねたというタマラさんの手つきは、たしかに迷いがなく、すばやい。
化粧筆をいくつも使い分け、頬やまぶたを綺麗に彩ってくれる。
「ラウラ様の魅力は可憐さと透明感ですから、メイクは流行りを取り入れつつ、長所を活かす感じに仕上げていきますね」
「このほんのり上気したような頬にぷるつやの唇、きらきらの目元……。なんて愛らしいのでしょう……」
「髪型はサイドをリボンと一緒に編み込んで、こちらに小花を散らしましょう。……まあ、これは想像以上の可憐さ……! 夜会に妖精が現れたと騒ぎになりますわ!」
なんだか、タマラさんが興奮しすぎているような気がするけれど、楽しそうだからそのままにしておく。
その後もタマラさんは度々「まあ!」だとか「ああ……!」だとか「尊い……」などと口にしながら、全身を仕上げてくれた。
「さあ、これで完成です! ドレスとのバランスもばっちりで、今夜の夜会で一番美しいご令嬢間違いなしです! さっそくイザーク殿下をお呼びしてまいりますね」
そうして、タマラさんが部屋を出て行ったと思ったら、すぐさまノックの音が聞こえた。
「ラウラ、支度ができたと聞いた。入ってもいいか?」
イザーク様だ。あまりにも早すぎるので、もしかしたらずっと部屋の前で待機していたのかもしれない。
今か今かとそわそわしながら待っているイザーク様を想像すると可愛くて、思わず笑みが漏れる。
「お待たせしました。どうぞ、お入りください」
私が返事をすると、妙にゆっくりと扉が開いて、イザーク様が姿を現した。……のだけれど、なぜか首を直角に曲げて下を向いている。
一体どうしたのだろう。イザーク様の首も精神状態も心配だ。
「イザーク様……? あの、首が」
「待ってくれ、やっぱりまだ心の準備が……」
よく分からないけれど、どうやら恥ずかしがっているみたいだ。
しばらく待ってみたけれど、なかなか近づいてきてくれないので、私のほうからススッとイザーク様のそばに歩み寄る。
「イザーク様、タマラさんが頑張ってくれたので、早く見てほしいです。どうですか? 可愛くなりましたか?」
「ラウラはいつも可愛いに決まっている!」
そう言ってガバッと顔を上げたイザーク様は、私を見て、これでもかというほどに大きく目を見開いたまま呟いた。
「…………女神がいる」
(め、女神……!?)
タマラさんは妖精だと言い、イザーク様は女神だと言い、二人して大袈裟ではないだろうか。もちろん、褒められて嬉しくないわけないけれど……。
イザーク様は時が止まったかのように直立不動で私を凝視し、しばらくしてからようやく身体の自由を取り戻した。
私に一歩近づいて、手の甲にキスをくれる。
「ラウラ、本当に綺麗だ。あまりに神々しくて、天国に迷い込んでしまったのかと思った」
「もう、褒めすぎですよ。……でも、ありがとうございます。イザーク様も、いつも格好いいですけど、今日はさらに素敵です」
「そ、そうか。普段は夜会の衣装も適当だったが、今日はラウラと一緒だから気を遣ってみたんだ。ラウラが気に入ってくれたならよかった」
イザーク様の耳がほんのり赤くなる。
私との夜会をそんなに楽しみにしてくれたなんて、とても嬉しい。
「……ラウラも、俺が贈ったものを身につけてくれたんだな。よく似合っている」
イザーク様が私のドレスに視線を落とす。
そう、今日の衣装とアクセサリーは、前に街でイザーク様に買ってもらったものにしたのだ。
繊細なレースの装飾が見事な淡いブルーのドレス。
白いカメリアの花飾りが可愛らしいシューズ。
そして、神秘的な輝きが印象的なオパールのネックレスとイヤリング。
いつかイザーク様と夜会に行くときはこの装いで、と思っていた。
夢が叶って幸せだ。
「イザーク様も、お揃いのオパールを付けてくださったんですね」
イザーク様のクラヴァットの中央で輝いているのは、あの日お揃いで購入したオパールの留め具。
「当然だ。早くこうして揃いで身に付けたかったんだ」
「私もです」
二人目を合わせて、ふふっと笑い合う。
「では、そろそろ行くか。会場中にラウラの愛らしい姿を見せびらかしたい」
「もう……」
イザーク様が私の手を引いてエスコートしてくれる。
大きくて温かなイザーク様の手。
(今日はきっと私の人生で一番素敵な日になる。そして、一番辛い日にも──)
今夜、夜会が終わったら、私はイザーク様に別れを告げる。
上手く伝えられるだろうか。
イザーク様は怒るだろうか。
でも、何があっても、必ず今日で最後にしなければ。
(最後に私の一番綺麗な姿を見てもらえてよかった──……)
夜会会場から華やかな音楽が聴こえる。
並んで立つ私とイザーク様の前で、ホールへの扉が開いた。
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