第13話 ラウラ、充実感を得る
「ラウラ、入ってもいいか? デニスからしばらく入るなと言われてたんだが、もう……」
「あっ、イザーク王子!」
綺麗にした部屋を見てもらいたくて、ちょうど呼びに行こうと思っていたところだったのだ。
「ふふっ、ご指示のとおり、お部屋を片付けていたんですよ。だいぶ綺麗になったので、見ていただけますか?」
「ああ、分かった」
そう言って部屋の中に足を踏み入れたイザーク王子は、辺りを見回して驚いたように目を見開いた。
「これは……」
「どうですか? すっきりしたでしょう?」
あちこちに散らばった本を片付け、ジャンル別、タイトル順に並び替えもした。
さらに部屋中の埃も綺麗に掃除して、開け放った窓からは爽やかな風が入ってくる。
我ながら、かなり居心地の良い部屋になったのではないだろうか。
(久しぶりに頑張ったし、イザーク王子にも満足してもらえたらいいな)
こそっと見上げて反応を窺うと、こちらを向いたイザーク王子と目が合った。
「すごいな……すっかり見違えた。まるで新築の部屋みたいだ。この部屋にいるだけで清々しい気分になるような……」
「そ、そうですか? えへへ……」
魅了の思い込みのせいか、少し大袈裟ではないかと思うけれど、褒められるのは素直に嬉しい。
にやにやしながら喜んでいると、デニスさんも部屋に入ってきた。
「イザーク殿下、まだ急ぎの書類が残っていますが……」
どうやらイザーク王子は急ぎの仕事の途中でわざわざ様子を見にきたらしい。
埃がそっちの部屋に入らないよう、扉を閉めて掃除していたので、私が何か怪しい仕掛けでもしているのではと心配したのだろうか。
でも、このすっきりした部屋を見て、真面目に仕事をしていただけだと分かったはずだ。
デニスさんも、棚や床に視線を巡らせて感嘆の溜め息を漏らした。
「これは驚きましたね……。部屋中が輝いて見えます。1時間掃除しただけで、これほど綺麗になるものなのですか?」
「そ、そんなにですか?」
高貴な男性というのは、いつでも過剰に褒める癖がついてしまっているのだろうか?
少し頑張ってお掃除しただけでこんなに賞賛されるなんて、こっちがビックリだ。
ヴァネサなんて「よし、合格」「うん、よく出来たな」みたいなことしか言ってくれなかったのに。
(私ってば、実はお掃除の才能があったのかしら?)
こんなに驚いて褒めてもらえて、お給金も王宮価格でいただけるなんて、やりがいがありすぎる。
「こんなに喜んでもらえて嬉しいです! これからもっと頑張りますね!」
上機嫌でイザーク王子に仕事への意気込みを伝えると、イザーク王子はハッとしたように口元を手で押さえた。
「か、かわ……」
「川?」
なんだかモゴモゴ言っていて聞き取れないし、なぜこのタイミングで口を押さえるのか分からない。
(あ、もしかして、くしゃみが出そうなのかな?)
部屋は綺麗になったけど、私のドレスに付いてた埃が舞ってしまって、イザーク王子の鼻をムズムズさせてしまったのかもしれない。
「すみません、私、ちょっと外で埃を落としてきますね! 逃げませんから大丈夫です!」
「あ、ラウラ……」
埃を立てないように、スススッと廊下に出る。
そのまま裏口らしき場所から外に出て、ドレスの埃を払っていると、ふいに突風が吹いてきた。
同時に「うわっ」という声が聞こえ、風に飛ばされた書類が私の目の前に散らばる。
「しまった、会議の書類が……」
書類の持ち主らしき人が慌てた様子で駆けてきた。
格好からすると、王宮の騎士の方のようだ。
私と同年代くらいに見えるので、まだ勤め始めたばかりなのかもしれない。
「すみません、風で飛ばされてしまって……。今拾います」
「大丈夫ですよ、私もお手伝いしますね」
これから会議で使う予定の書類だったのだろうか。
時間が迫っているのか焦った様子だったので、私も一緒に拾ってあげることにした。
「……はい、これで全部拾えたと思いますよ」
「ありがとうございました。本当に助かりました」
騎士の人が頭を下げる。
「いえいえ、お勤めご苦労様です。毎日大変だと思いますけど、頑張ってくださいね!」
お礼を言われて気分が良くなった私は、笑顔で騎士の人に労いの言葉をかける。
さっき褒められて嬉しくなっていたこともあって、自分でもいろんな人にポジティブな言葉をかけてあげたくなっていたのだ。
(褒めたり労ったりするのって大事よね! きっとこういう声かけが巡り巡って世界平和にもつながるんだわ)
なんだか今日は、朝からすごく社会貢献している気がして気持ちいい。
さあ、またイザーク王子に次のお仕事を聞いて頑張ろう!
「では、私はこれで……」
「……あ、よかったら君の名前──」
「ああ、そちらでしたか! 探しましたよ」
騎士の人が何か言いかけたところで、デニスさんの声が聞こえた。
「あ、お迎えかしら。すみません、仕事があるみたいなので失礼しますね。会議、頑張ってください!」
騎士の人に手を振って別れ、デニスさんの元へと急ぐ。
「デニスさん、次のお仕事ですか?」
「いえ、あなたを一人にしないようにとイザーク殿下に言われまして」
「えっ、わざわざすみません。イザーク王子には逃げないから大丈夫って言ったんですけど」
「……そういうことではないと思いますよ」
「?」
微妙に噛み合わない会話をしながら、私はデニスさんとイザーク王子の執務室へ戻ったのだった。
◇◇◇
服の埃を払ってくると言って、ラウラがさっさと部屋を出て行ってしまった直後、俺は片手で口元を押さえたまま動けずにいた。
『こんなに喜んでもらえて嬉しいです! これからもっと頑張りますね!』
ついさっきのラウラの笑顔と弾んだ声を何度も思い返す。
(なんだ、あの破壊力は……!)
思わず可愛いと口に出してしまうところだった。
きっと一生懸命に掃除をしてくれたのだろう。少し汗ばんで上気した顔がキラキラと輝いて見えて、愛おしさで胸がいっぱいになった。
この部屋も、彼女が俺のために綺麗にしてくれたのだと思うと、とても神聖な場所に思えてくる。
(これからは誰も立ち入らせないようにしよう。そう、俺とラウラの二人だけで過ごす部屋にして……)
そんなことを考えていると、背後からコホンと咳払いの音が聞こえた。
……そうだ、デニスもいたのだった。
ちらりと振り向いた俺にデニスが言う。
「イザーク殿下、書類のご確認をお願いいたします」
「あ、ああ、分かった」
ラウラのことが気になって途中で放り出してきてしまったのを、静かに注意される。
仕方ない、仕事に戻るとしよう。
(そうだ、さっさと仕事を終わらせて、ラウラと一緒に昼食でもとろう)
ああ、職場にラウラがいるだけで、これほどやる気が湧くとは思わなかった。
(……でも、これも魅了魔法のせいなのか)
魅了魔法が解けたら、俺はどうなってしまうのだろうか。
このふわふわしたような妙な気持ちはすっかりなくなってしまって、以前のように常に冷静な俺に戻るのだろうか。
次期国王の座を狙う立場からしたら、きっとそのほうがいいだろう。
だが、以前の俺に戻るのは、なぜかとてつもなく虚しいことのような気がしていた。
「……イザーク殿下、どうされましたか?」
なかなか執務机に戻ろうとしない俺を怪訝に思ったのか、デニスが声をかける。
「──いや、何でもない。デニス、ラウラを迎えに行ってくれないか。おそらく裏庭にいるはずだ」
「はい、かしこまりました」
ラウラを迎えに出かけるデニスの後ろ姿を見送りながら、小さく溜め息をつく。
(……この気持ちがどうなるのかは分からない。だが今は、ありのままに受け止めよう)
そうだ。ラウラだって別に魅了魔法で俺を利用する気はないようだし、実害はさほどない。
……ただ、俺の情緒の揺れが激しくなるだけで。
命の危機があるわけでもないし、無理に抗う必要はないだろう。
「……ラウラが戻ってきたら、何が食べたいか聞かないとな」
俺はラウラとの時間を少しでも長くとるために、急いで残りの書類に向き合うのだった。
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