通勤電車にて

@ii_tenki_

通勤電車にて

中学の時の話です。


私、電車で中学校通ってたんですよ。

いわゆる「お受験組」ってやつです。そう。家から電車で5駅くらいのとこまで通学してたんですね。


当時背も低くて、150センチくらいだったかな。あれって、大人の満員電車よりキツイと思います。バカみたいに混みあってて息苦しい電車に30分くらいすし詰めで。

香水と、汗と、加齢臭とでほんとに嫌な思い出でしたね笑。


だから大学は電車を使わなくていい○○大学に進学したんです。ここなら下宿先から自転車で通勤できるし。

まあ、電車、もっと言えば満員電車が無理になっちゃった理由はまた別にあるんですけど。


私、いつもは8時前の電車に乗ってたんです。その電車はほんとにギュウギュウで。よくテレビで見るでしょ、駅員さんがお客さんを押して発車する電車、笑。あれくらいの混み具合でした。


その日は少し家を出るのが遅くなってしまって、一本後の電車に乗ったんですよね。それもぎりぎりで。思い返せば駆け込み乗車でしたね。もう時効ですけど笑。


そう。それで電車に飛び乗って。そしたら。

強烈な違和感を感じたんですよ。


匂いとか音とか、混んでたとか逆に空いてたとかじゃありません。

いつも通りの人数で、いつも通りの香水、汗、加齢臭。

身動きも取れない車両。

いつも通り電子音が鳴って、いつも通り扉が閉まりました。


その違和感の正体に気付くのには、少し時間がかかりました。


背中しか見えないんです。

電車に飛び乗って目に入ったのは大きなスーツ、薄ピンクのブラウス、ブレザー、たくさんの背中でした。


いつもなら。

電車って普通こうじゃないですか。それぞれがそれぞれの向きたい方向を向いていて、おおよそ半分に分かれて近い方のドアや窓を向いている。

要するにみんなが車両の外側を向いているのが普通だと思うんですよ。

だから、いつもなら、

電車に飛び乗った私はすでに乗っていた乗客と向かい合わせになるはずなんです。


背中しか見えない。

全員が向こう側のドアを向いているんです。


本当に無意識で、私は横へ視線を向けました。座席横のスペースにいた青年は。普通、座席横の手すりに寄りかかってこちらを見ているはずの青年は。


背中人間たちと同じ方向、向こう側のドアを向いていて。


顔は全然普通なんです。白かったり。のっぺらぼうとかじゃない。

普通の人が、向こうのドアを向いているんです。


車両内、見える全員が向こう側を向いていたんです。

目が、合わない。

誰とも、向かい合えない。

強烈な違和感の正体に気付きました。


すぐアナウンスがあって。

全然変なアナウンスじゃない。普通の。

これもおかしかったら、変な夢だったって思えたんですけど笑。


電車は次の駅に到着しました。


背の低い私の視界を遮っていた背中人間は、ぞろぞろ降りて行って。

その時に、向こう側の座席が見えたんです。


そうなんですよ。向こう側で座っている人間はこっちを向いているはずなんです。


今でも後悔しています。

いつもと同じ電車に乗ればよかった。見なければよかった。


見えてしまった。


あれは。

あいつらは。

座っていました。


前後逆で。


こちらを向いて座っているマネキンに、あちら向きのテクスチャを張り付けたような。


ワックスでぬらぬらと光る後頭部、ふわふわにカールしている後頭部、少しだけ薄くなっている後頭部、たくさんの後頭部が、

こっちを見ていた。


心臓が早く脈打つのを感じました。


ぞろぞろと降りて行った背中人間がいなくなり、ホームが見えたんです。


背中でした。


背中が二列で入ってきたんです。

ポリゴンが逆なだけで。動きは全く普通のたくさんの背中が。


あっ。

次の駅で降りよう、そう思ったんです。


ふと、背後から強烈な視線を感じました。

こちら側のドアの真ん前。そこに。


顔がありました。

私より少し低い位置にあるその顔は。


子供の顔でした。

真っ白の顔。真っ黒の眼。

その電車で初めて、ちゃんと怖いモノを見れた。

なぜか、安堵してしまった。


それがいけなかったのかもしれません。

それは。


「なんで見てんの」

「なんで見てんの」

およそ子供の声とは思えない低い声で。

「なんで見てんの」

「なんで見てんの」

「なんで見てんの」

子供の口は真っ黒だった。

「なんで見てんの」

「なんで見てんの」

「なんで見てんの」


ああ。

この乗客たちは。

これから。

この存在から。

目を背けていたのか。


「なんで見てんの」

「なんで見てんの」

「なんで見てんの」

「なんで見てんの」

声が、増えていた。



後ろの、

後ろの背中人間たちは。

車両の背中人間たちは。

碁石のような。

少年と同じ眼で私を見ていて。











「なんで見てんのなんで見てんのなんで見てんのなんで見てんのなんで見てんのなんで見てんのなんで見てんのなんで見てんのなんで見てんのなんで見てんのなんで見てんのなんで見てんのなんで見てんのなんで見てんのなんで見てんのなんで見てんのなんで見てんのなんで見てんのなんで見てんのなんで見てんのなんで見てんのなんで見てんのなんで見てんのなんで見てんのなんで見てんのなんで見てんのなんで見てんのなんで見てんのなんで見てんのなんで見てんのなんで見てんのなんで見てんのなんで見てんのなんで見てんのなんで見てんのなんで見てんのなんで見てんのなんで見てんのなんで見てんのなんで見てんのなんで見てんのなんで見てんのなんで見てんのなんで見てんのなんで見てんのなんで見てんのなんで見てんのなんで見てんのなんで見てんのなんで見てんのなんで見てんのなんで見てんのなんで見てんのなんで見てんの」


次の駅で降りましたよ。

よく覚えてないんですけど、それからその時間の電車には乗ってないです。

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